キリマンジャロに登る人ってどんな人? | キリマンジャロ登山(1)

アウトドアとは縁のない生活を送ってきた。

走ることと同じく、「はん?山に登って何が楽しいんや」とさえ思い、私はやたらとこうしたアウトドアをしたがる人々を、やや冷ややかに見るきらいがあった。

だからこそ、キリマンジャロ登山前はぼんやりと考えていた。山に登れば、なぜ人は山に登るのか、山登りが楽しいのかが分かるに違いないと。しかし、山登りの現実は、思いもよらなかった一面を見せるのである。

意外な同行者たち

登山当日。下山後に再び同じホテルで1泊する予定なので、登山で使わない荷物は、すべてホテルに預けた。ホテルのレストランで普段より多めの朝食をとり、午前8時半にホテルを出発。

キリマンジャロでの食事
モシでの朝ごはん

先日訪れたオフィスへ行き、ガイドそして、2名の同行者たちと落ち合う。その後、マイクロバスにすでに乗っていた総勢10名ほどのポーターたちと挨拶をし、我々一行は登山ゲートまで向かうのであった。

キリマンジャロへ登るには、いくつかのルートがあり、ルートによって難易度、行程、必要な日数が異なる。中でも人気なのが「マラングルート」である。初心者でも登りやすいと言うことで、コカコーラルートと言う別名が付いている。

なぜ人気かと言うと、5日ほどと比較的短い期間で登れるし、宿泊はテントではなく山小屋になる。登山日数が長くなればお金もかかるので、費用を抑えて登りたい人にも人気のようだ。

人気コースゆえに初心者にもおすすめ、とうたうサイトもいくつかあった。けれども、よく調べるとマラングルートの登頂率は大体50%以下なのである。

日数が少ないので、高度順応する時間が短いことが要因だろう。登りやすいからといって、登頂もしやすいという訳ではないらしい。

登るからには、登頂した方がいいじゃん?と言うことで、私はキリマンジャロで登頂率がそこそこ高いレモショルートを選んだ。こちらの場合、日数が長いので登頂率もおのずと高くなる。その確率は65~90%である。

もちろん登頂率は単なる目安にしかすぎない。ネットで調べても、その数値にはサイトによってばらつきがあるし、同じルートでも日数や気候、その人の体調によって変わるからだ。

私のような登山初心者がルートを選ぶ際には、それぐらいしか基準がなかったのである。

バスに揺られること2時間。我々がやってきたのは、ロンドロシゲートの管理事務所である。ここで、入山手続きをする。レモショルートには事務所がないので、ここに一度立ち寄らなければならないらしい。

まだ登ってもいないのに、ガイドのヴィクターが「ランチやで」と言って、ランチボックスを持ってきた。意外にも豪勢なランチである。

ランチ
サンドイッチ、チキン、バナナ、マフィンなど豪勢なランチ

これから一緒に登山する2人と、軽く自己紹介をする。1人はインドのハイデラバードからやってきたシッダールタ(ブッダではない)。インド人にしては、かなり長身である。そしてチュニジアのチュニスからやってきたナスリンである。

バスで私の前列に座っていた2人は、やたらとイチャついていたし、膝枕をして寝ていたので、てっきりカップルなのだろうと思っていた。

ところが、2人はカップルではなくただの友人同士であった。キプロスのインターンで出会って以来の友人だという。あんなにイチャついていたのに?あの距離感は、異性間の友人ではありえない。いや、恋人同士でもあんなにきゃっきゃしないぞ。

男女の関係において、新しいタイプを見出したような気がした。

山に登るのはどんな人?

事務所横にある、テーブルとイスが置かれたスペースにて、3人でランチをパクついていると、1人の男性が声をかけてきた。

「一緒にランチ食べてええ?」

声の主は、アメリカからやってきたジェームス教授38歳であった。悪い人ではないが、私が苦手とするよく喋るタイプのアメリカ人である。

もう1人別の若い女性が隅っこの方にいたので、ジェームス教授が「君も一緒にどうよ?」と参加を促し、5人でランチをパクついた。

女性の名前はアナ。23歳である。アメリカのロサンゼルスで働いているという。

キリマンジャロ登山の理由を聞くと、仮想通貨の仕事をしており、ケニアへ出張にやってきたついでらしい。アナの手にはキンドルでがあったので何気なく「何の本を読んでるのよさ〜」と聞いた。

「『21 Lessons : 21世紀の人類のための21の思考』だよお」

笑顔でメガネっ娘アナは答えた。

ひえっ!?

世界的ベストセラーの著者、ユヴァル・ノア・ハラリのあの本?知的レベル高くね?

これから過酷な登山が始まるというのに、人類だとか未来だとか、そんな壮大なことを考える余裕があるのか。その心の余裕は一体どこから来るのだろう。

しかも仮想通貨の仕事をしながら、ケニアに出張に来たついでに、山に登る眼鏡っ娘だなんて、こいつはただ者ではない。

山とは、そういう猛者が集う場所なのだろうか。

ひるがえって、おしゃべりなシッダルタとジェームス教授の会話に耳を傾けてみる。

・米大統領選の候補者の顔ぶれについて
・トランプ大統領が世界に与えた影響
・AIは人間の仕事を奪うのか

これらはNHK「クローズアップ現代」のテーマではない。20分足らずの間にふたりの間で交わされた会話のトピックだ。

何という高尚な会話。登山はある意味で、高貴な遊びなのかもしれない。

自分がひどく場違いな場所にいるような気がした。なにせ、2週間前にキリマンジャロ登山を決めた、にわか登山者である。

高尚な会話におののいていると、ジェームス教授が「今のフクシマはどんな感じなん?何でもいいから、日本のことも教えてくれい」

なんという無茶ぶり。

フクシマというトピックに加え、フリーテーマで現代ニッポンを口頭陳述せよ、というお題である。

正直いって、私は日本のことをよく知らない。それは自分が外国人として異国で生活する上で、はっきりと分かった。自分が異国のことを知るたびに、日本のことを知らないと気づかされるのである。

よって、ここはフクシマの断片的な知識と、コロナをめぐる日本の状況を寄せ集めで、しのぐしかなかった。

ジェームス教授と眼鏡っ娘は早々にランチを終え、別の場所にあるレモショルートの登山口へと出発した。2人ともグループではなく1人で登るらしい。

 “持病”を抱えて山に登る

私は、初めての登山ということもあってか、1人で登るということは考えていなかった。それは安全面からの理由である。むしろ、そうした選択肢があるとは思っておらず、キリマンジャロ登山は必ずグループでしか参加できないと思い込んでいたのだ。

本当ならば1人で登りたかった。私はソリタリーという”持病”を抱えている。ずっと他人と時間を過ごしたり、孤独になる時間がないと精神に異常をきたしてしまうのである。と言っても、ストレスがたまるだけのことなのだが。

だからこそ、山でずっと見知らぬ人と生活をする登山に、大きな不安があった。山で正気を失ったらどうしよう・・・・パーティーや飲み会ならば、逃げることができる。

しかし、山は一度登ってしまえば、簡単には逃げられない。ある意味で監獄である。登山前はそんな不安を悶々と考えていた。

けれどもおおよその場合、1番恐ろしいのは妄想であって、現実はもっと気楽なものだ。インドやチュニジアからやってきた愉快な2人を前に、先行きは明るいとみえたる。

再び車へ乗り込み、レモショルートの登山口まで行く。ホテルを出発してから、このゲートに着くまで5時間。特にレモショルートのゲートは、モシ市内からずいぶん離れているので時間がかかるらしい。


最終準備をするポーターたち

レモショルートゲート
レモショルートのゲート。ここから登山が始まる。

雨がパラパラと降りしきる中、ポーターたちが最終準備を整え、我々はザックを背負い、雨対策のポンチョをかぶる。少し肌寒い。午後2時。キリマンジャロ登山がついに始まった。

20代後半から海外で生活。ドバイで5年暮らした後、イスラーム圏を2年に渡り旅する。その後マレーシアで生活。大学では社会科学を専攻。イスラエル・パレスチナの大学に留学し、ジャーナリズム、国際政治を学ぶ。読売新聞ニューヨーク支局でインターンを行った後、10年以上に渡りWPPやHavasなどの外資系広告代理店を通じて、マーケティング業界に携わる。

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