キリマンジャロ山麓の町モシで走る

モシにやってきて2日目。キリマンジャロ登山ツアー会社と事前の打ち合わせをする日である。ここで事務所とガイドに挨拶を入れ、登山道具のチェックを行う。

打ち合わせまでは時間がある。せっかくなので、キリマンジャロ山麓の町を走ったれ、ということで、ランニングに出かけた。

キリマンジャロ山麓の町でラン

モシの人民はマンボだのジャンボだの柔和な言葉を使っているし、モシの雰囲気は穏やかである。ランニングをしても治安的には問題がなさそうな雰囲気だ。

とはいえ、初日に町を歩いた時は、視線というかちょっとした違和感を感じた。

ホテルの受付スタッフに「この辺りは走っても平気なのか?」と聞くと、「時計とか財布とか明らかにたかそうな貴重品は持たない方がいいわよ。危険ってわけじゃないけど、念のためにね」という。

違和感はそのせいだったのか。

昨日は、大きなカバンに一眼レフカメラや財布を入れていたし、時計もつけていた。狙われていたわけではないのだろうが、見る人によってはカモになりそうな観光客スタイルだったのだろう。

朝7時半。ランニンング用のウェストポーチにスマホだけを入れ、受付スタッフおすすめのランポイントだと言うシャンティ・タウンまで出かけた。ホテルからは、歩いて10分ほどの場所である。

事前に走りやすそうな場所をチェックしていたのだが、モシのメイン通りは人や車の往来が激しいし、走ってみないと十分な距離があるかわからない。地図だけではわからないので、やはり地元のことは地元の人に聞いておいてよかった。

キリマンジャロのランは特筆することもなく、さわやかで心地が良いものだった。特筆することがないなんて、モシに失礼じゃないかと思うかもしれないが、私のランニングにおいて特筆することがないのは、いいことなのである。

なにせこれまでが、特筆することだらけだった。サウジでは走っていると「何やっとるんじゃ、ワレ!?」と地元の貧者が絡んできたり、エチオピアやソマリランドでは「チャイナ〜!ケタケタ」と嘲笑されたり、ゴミを燃やす黒煙に巻かれたりしたのである。

これらが、特筆することである。

ここモシでは、走っていても「チャイナ!」という輩はいないし、誰もかれもが空気のようにそっとしておいてくれる。道路も綺麗に舗装され、エチオピアやソマリアに比べると格段にゴミが少ない。砂埃も待っておらず、空気も澄んでいる。

キリマンジャロ山
道路から見えたキリマンジャロ山。雪が積もる頂上付近は、こちらを威嚇するような威圧感を出していた。

キリマンジャロ山麓の街モシ
キリマンジャロ山に続く道。空気も綺麗で走りやすい。きわめて心地の良いランニングであった。

キリマンジャロ山麓の街モシの景色
走っている途中に出会った草木や風景。砂漠に囲まれ干ばつが多いソマリアからやってくると、モシの自然の豊かさが余計に身にしみる。

キリマンジャロ山麓の街モシ
道路の終わり。ここからホテルまで再び引き返す。

モシでは毎年3月にキリマンジャロマラソンが開かれている。こちらにも参加したかったのだが、時期的に参加できなかったので今年は見送った。こうした大々的なマラソン大会があり、多くの観光客が訪れる場所ゆえに、走ることが認知、許容されているのかもしれない。

軽く走るつもりだったが、美しい景色に見とれてうっかり12キロほど走ってしまった。登山1日目には、それまで痛んだことのない左膝が、少し痛んだ。この痛みをもって、登山前日には激しい運動をしない方が良いと学んだ。

キリマンジャロ登頂は人を変える?

ツアー会社の運ちゃんがホテルまでお迎えに来てくれ、一緒にオフィスへと向かう。事前に、登山に必要なものをまとめて持ってこいと言われたので、私はスーパーでやむなく購入したエコバックに、登山に必要そうなものを入れた。

キリマンジャロ登山オフィス
オフィス

運ちゃんは私の荷物を見るなり、明らかに「え、自分それだけしか荷物ないん?」という顔をした。「こいつ、完全に登山をナメている」と思われたのだろう。

確かに、ホテルに滞在していた登山客は、みなしっかりとした自前の登山リュックやダッフルバッグを持ってきていた。それに対し、私が持っているものといえば、機内に持ち込めるサイズのスーツケースと斜めがけのバックである。登山に必要なものは、ほぼ持っていない。

ここがキリマンジャロ登山の良いところでもあるのだが、ここではありとあらゆる登山グッズをレンタルできる。極端にいえば、とりあえず着の身着のままでやってきても、登山はできるのである。

自分で言うのもなんだが、持参したエコバックには大したものは入っていなかった。エナジーバーやチョコ、体を拭くためのベビーシート、日焼け止め、モバイルバッテリーなど、登山に必ずしも必要ないものばかりである。

これから世話になる2人のタンザニア人ガイド、ヴィクター、チョンガと挨拶を交わす。チョンガは50代ぐらいのベテランガイド。それに対しヴィクターは、30代ぐらいの中堅ガイドといったところだろう。

勝手なイメージで申し訳ないが、アフリカの人というとアメリカ人と並んで、無駄にテンションが高い人々だと思っていた。けれども、2人は物腰が柔らかく、話をしっかり聞いてくれる。信用できそうな人々である。

彼らが登山の先導者である。私の他にも2名参加するというのだが、彼らは今日の午後にモシに到着する予定とのこと。というわけで、私だけ先にブリーフィングを済ませ、彼らとの顔合わせは、登山初日となる。

ろくに登山グッズを持参してこなかった、にわか登山者を前にしても、ヴィクターとチョンガは優しかった。すぐに、「こいつ、登山に必要なものを何も持ってねえな」と静かに察し、事務所の倉庫から必要な登山グッズを見繕ってくれたのである。

登山リュックに、登山靴、サングラス、帽子、防寒用のフリース、ジャケット、厚手の靴下、ウォーターボトルなど、みるみるうちに本格的な登山アイテムが並んだ。

キリマンジャロ登山荷物用意
レンタルした登山アイテム一式。標高によって気温がずいぶん違うので、何パターンかの服装を持っていかなければならない。

山もキリマンジャロも初めてなので、アイテムに関しては、とにかくガイドのおまかせチョイスに身を委ねることにした。

レンタル料は、合計で約200ドル。登山ツアーの残金70%である1,300ドル(約14万円)と共に現金で支払った。モシでクレジットカードを使うと5%の手数料を取られるので、現金で払う方がお得である。

今後も旅を続けることを考えると、荷物は増やせない。特に寒い場所には行く予定がないので、防寒着は邪魔になるだけだ。それに登山はこれっきりである可能性も高い。登山靴だっていいやつを1足買えば、それなりの値段になる。そう考えれば、200ドルで必要な道具をすべてレンタルできるのは、悪くないと思う。

せっせと登山グッズを選んでいると、オスプレイの巨大ザックを持ったヨーロッパ風のカップルがオフィスにやってきた。

ビビるぐらいに美男美女なカップルは、ちょうどキリマンジャロから下山してきたという。2人はなんだかキラキラ、ハツラツとしていた。もともとこういう類の人なのか、キリマンジャロ登頂という経験がそうさせているのかは分からない。

キリマンジャロに登った人間はみんなこうなるのだろうか。登頂した人間だけにしか与えられない充実感や達成感。2人を包むオーラは、そんなことを予感させた。

山に登ったことがない人間にとって、登山は未知の世界である。

ワクワクするような期待もあれば、一方で初心者がどこまで登れるのだろうか、という不安はある。なにせ1週間も山にこもるのだ。これは、人生で初めてのことである。

山の生活はいかなるものか、高山病にかかったらどうしようなど、心配は尽きないが、それでも自分が知らない初めての世界に踏み込めることが、何より嬉しかった。

最近はどうも自分の既知の世界に閉じこもる傾向があったので、それをなんとか打開したかったのである。既知の世界は心地がよいが、ずっとそこにいると発見や刺激が少なくなってくる、と私は思う。

果たして、再びモシの町の地面を踏む時、自分はどうなっているのだろう。登頂できて万々歳なのか。もしくは・・・

とにかくやってみなければわからない。

翌日にそなえて、その日は早めに就寝した。