もう帰りたい!登山初日でまさかの悲劇におそわれる | キリマンジャロ登山(2)

キリマンジャロ登山の初日は、熱帯雨林を抜けるルート。上下のアップダウンが激しく、雨が降っているのでぬかるみもある。それでもまだ始まったばかりなので、我々はとりあえず目に入ってくるものにいちいち驚き、写真をとったり、セルフィーをかましたりする。

レモショルート
休憩タイム

時々、足を噛んでくる憎らしい凶暴アリをのぞけば、楽しいハイキングタイムであった。3時間ほど歩いて、本日の目的であるビッグツリーキャンプ(標高2,780m)に到着した。先ほどのレモショゲートの標高は2,385mなので、それほど高さには変わりない。

キリマンジャロキャンプ
ビッグツリーキャンプ地。オレンジ色のテントが我々の寝床

初めてのキャンプライフがここから始まる。キャンプへ着くと、すでに寝床、食事処のテントが用意されていた。テントの中には、登山中には使わない私物を入れたダッフルバッグと、マットレスが置かれていた。

すでに日が暮れかかっていたので、すぐに食事となった。歩いた時間は短かったとはいえ、長い1日であった。疲れたので、食後すぐにテントへ舞い戻り、ミイラのごとく寝袋にくるまり、就寝の態勢に入った。明日も早いし、今日はぐっすり眠れることだろう。

・・・・

・・・・

眠れねい!

目をつむること2時間。一向に眠れないでいる自分がいる。なぜだ?体は疲れているし、お腹もいっぱい。眠れる要素しかないのに、おい、どうしたのだ自分。

明日の朝は早い。それに10時間も歩くのだ。ここで睡眠を取らなければ・・・

最低8時間の睡眠を取らないと、翌日のパフォーマンスに差し支える人間としては、あせりしかない。寝られないので、だんだんイライラもしてくる。なんでこんな時に限って眠れないんだよう。

初テントで過ごす山の夜は、恐ろしげだった。雨がダイレクトにテントへたたきつける。それに、よくわからない不気味な音が、あたりから聞こえてくるではないか(のちに声の主は猿だと判明)。

うう、怖い。おまけに眠れない。

初日だけど、もう帰りたい。

結局、夜9時ぐらいに寝床へ入ったが、眠れたのは午前2時過ぎぐらいだったように思う。

登山への不安

「昨夜のナスリンはひどかったわ〜。突然泣き出したかと思えば、笑い出したり、『シマウマが見える!』って叫び出したり。精神がおかしなったと思うたわ」

翌朝、朝食の席でシッダルタがこんなことを言った。シッダルタとナスリンは、テントをシェアしている。どうやら、ナスリンも眠れなかったらしい。

ガイドのチョンガによれば、不安ゆえに山で眠れなくなるのは、よくあることなのだという。

確かに。初日の登山は体力的には問題ないものだった。しかし、それ以上に精神的な負担を抱えていたように思う。以下が、私が抱えていた不安のハイライトである。

・山でのトイレ
・ポーターへのチップ
・高山病
・他人との山登り生活
・登頂できるのか

私は生まれてこのかた、アウトドアを嗜むことなどなかった。もっぱらインドア派の人間である。

登山する人にとっては、山でのトイレなんて大した問題ではないのかもしれない。しかし、いざ自分が山を登るとなると、急上昇してきた問題が、山でのトイレである。

事前にみたキリマンジャロ登山動画で、ポータブルトイレを借りておいたほうが良いというので、私はシッダルタとナスリンにトイレを借りることを提案した。特に混雑時期や人気のルートだと、トイレに行列ができるらしい。

提案は受諾され、我々はポータブルトイレを75ドル(1人あたり25ドル)でレンタル。こうして我々専用のトイレを手に入れたのである。

ポータブルトイレ
レンタルした山のトイレ。使用したあとは水で流すことができる。排泄物は下の段に溜まる仕組み。

その選択は正解だった。念の為、キャンプ地にある共同トイレも見にいったが、アウトドア初心者にはかなりハードなものだった。

トイレは小屋の中にあるのだが、ニオイがけっこうキツい上に、ボットン便所なのでちょっと怖い。夜中にこのトイレに行くのは、相当な勇気がいるとみえた。

共同トイレに比べれば、ポータブルトイレは自分たちのテント近くに設置されているし、清潔感があり快適だ。しかし、心情という別の問題もある。

いかに安心・快適なトイレでテントの中とはいえ、自分の臀部(でんぶ)周辺を野外でさらすことに違いはない。臀部周辺というのは、人間の中でも最たる弱点だと私は思う。鍛えようと思って鍛えられる場所ではない。

弱点であるがゆえに、我々が公共の場でそれをさらす時は、分厚い壁に囲まれたトイレの個室に限定される。そこには一種の安心感がある。いや、安心感があるからこそ、己の弱点をさらけ出すことが可能なのだ。

ところが山のトイレの場合、もしかしたら正体不明の虫やマラリアの蚊が、臀部周辺を攻撃してくるかもしれないという不安に駆られる。背後下からの攻撃。しかも狙われるのは弱点である。卑怯すぎやしないか。しかし相手は話の通じない自然界の虫である。

このように、己の最弱点を自然にさらすのは、結構な勇気がいるのだ。

トイレは本当に切実な問題で、1日目の夜は、建物内のありとあらゆるトイレを徘徊しまくるという夢を見た。

登山の不安ランキング第2位に輝いたのが、チップである。キリマンジャロ登山では、旅行会社に高額なツアー代を払うのだが、そのほとんどは入山料に流れて、ポーターやガイドには十分な報酬が会社から支払われないという。よって、登山者がチップを別途渡すのがマナーとなっている。

このチップが結構高い。ガイドの場合1日で20ドル。ポーターは1日10ドルが相場だという。現金でチップ代を用意してきたのだが、先日のポーターたちとの顔合わせで驚いた。

げっ

10人以上いるやないか・・・

せいぜいポーターは2人ぐらいっしょ、と思っていたのだが、軽くサッカーチームが作れる規模だったのだ。チップ代が足りないのは明らかであった。うわあ・・・どうしよう。チップの債務が、初日から重くのしかかった。

富士山よりも高く

キリマンジャロ登山2日目。この日は、10時間の登山を予定している。ハードな1日になりそうだ。

午前8時前に支度をしていると、先日会ったジェームス教授と眼鏡っ娘の姿があった。同じルートで登るので、キャンプ地でこうやって毎日顔を合わせるものらしい。

1人で登るというだけあって彼らは、登山経験もそれなりにあるのだろう。我々3人がもたもたしているうちに、彼らはさっさと山を登り始めて行った。


まだ体力に余裕はある一行。岩山だけかと思いきや、こうした森っぽい場所もある。時々、白黒のサルが出現する。

キリマンジャロの花
キリマンジャロの山には変わった植物も生えている


渋いベテランガイド、チョンガ

いつ出るのか心配していた高山病らしきものも、早くもこの日の中盤から出現した。と言っても、強い症状ではなく、頭が少しチクチクすると言ったものである。

景色は相変わらずまだ緑があり、我々の足取りにもまだ余裕がある。この時は、雨季だったので雨が降ったりやんだりした。その度に、足をとめてカバンからポンチョを取り出しかぶる。

キリマンジャロのベストシーズンは、6~8月、11月から2月である。私が行ったのは3月。3月もギリいけなくないはないが、3月後半になると雨季のシーズンに入る。

ヴィクターやチョンガたちによれば、この我々の登山が今シーズン最後の登山だという。この仕事が終われば、6月までは各自の村で家族と過ごすという。

10時間という行程と、この山の雨に苦しめられ、この日は行程の中でもかなり辛い日になった。山の中で降る雨は、街中の雨とはまったく違う顔を見せる。

山で雨が降ると、とにかく寒い。そして足場も悪くなる。はねた泥水が登山スパッツに染み込み、さらに冷えがやってくる。前を行くガイドのヴィクターのように、足カバーをつければよかったと思った。

雨に打たれ、凍えながらも、前へ進まねばならない。この辛さ。

そう、ベトナム戦争だ。

私は雨が降る中ひたすらベトナム戦争のことを考えた。

ベトナム戦争に比べれば、こんな環境は屁でもないのだ、と自分に言い聞かせる。するとどうだろう。確かに気がまぎれてくる。辛くない。

キリマンジャロレモショ
ベトナム戦争のことを考えてひたすら歩いていた頃

そして、長く降り続いた雨も止んだ。ナスリンは、雨が止んだのが嬉しかったのか辺りを見渡し、こうつぶやいた。

「見て。なんて美しい光景なの」

そして、雨上がり記念のセルフィーをとっていた。

そんな自然に感動するナスリンに対して、私はベトナム戦争のことをひたすら考えていたなどとは言えない。これがアウトドア派とインドア派の感受性の違いである。

そして日が暮れる頃には、3,850メートル地点にあるシラ2キャンプに到着。

キリマンジャロシラ2キャンプ
シラ2キャンプ。キャンプ地の標識には標高と周辺キャンプ地までの距離が書かれている

キリマンジャロシラ2キャンプ
だんだん山に登ってる感が増してきた。シラ2キャンプからの眺め

富士山よりも高い場所へやってきたことで、感激がこみ上げる。そして、ベトナム戦争を考えながら凍えた日、1つ歳をとった。

20代後半から海外で生活。ドバイで5年暮らした後、イスラーム圏を2年に渡り旅する。その後マレーシアで生活。大学では社会科学を専攻。イスラエル・パレスチナの大学に留学し、ジャーナリズム、国際政治を学ぶ。読売新聞ニューヨーク支局でインターンを行った後、10年以上に渡りWPPやHavasなどの外資系広告代理店を通じて、マーケティング業界に携わる。

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