このブログ自体、キラキラとは縁がないのだが、今回は腐ってもニューヨークである。キラキラしないわけにはいかない。しかし、どうも私が旅をすると、映えを捨てて、サブカルに走ってしまうのである。
2月26日
ベルリンからヘルシンキ経由でJFK空港へ。2日前に大雪によりNY行きがほとんどキャンセルになったので、フライトは満席。前の列では、見知らぬアメリカ人が、隣の見知らぬ日本人にひたすら話しかけていた。日本人はあまり英語が得意ではないようだが、お構いなしに、会話を続けている。「日本語でおはようってなんて言うの?」とくだらない質問をしたかと思えば、「Takaichiがさ〜」などと言う。高市は知っているのに!?
私の横に座る女子2名は、寝る以外はずっと話している。これがアメリカ人か・・・スモールトークをしないドイツ人との差に、ビビる。見知らぬアメリカ人は、トイレ待ちの見知らぬドイツ人にもトークを展開し始め、今度はドイツ語で話している。彼はどうやらアフガニスタンに兵士として仕えていたらしい。ようやく静かになったかと思えば、何か絵を描いていた。青ボールペンで風景画みたいな抽象画を描いていた。瞑想の一種か!?
2月27日
NYの街にはまだ雪が積もっていた。雪のせいで方向感覚が失われる。ウィリアムズバーグのホテルから、本命のユダヤ教超正統派が住むクラウン・ハイツへ。マップが示す通りに電車に乗っていたが、なぜか電車にいるアジア人が私一人だけになる。全員黒人。ここはNYなのだろうか・・・?あとで調べたら、NYで一番治安が悪いとされるブラウンズビル近くを歩いていたらしい。知らぬが仏。
ユダヤ教超正統派の中の人によるツアーに参加。もう1人の参加者は元メノナイトの人だった。アーミッシュやメノナイトの話でなぜか盛り上がる。中の人は、いわゆる宗教をガチガチにやっている人なので、世界観がまるで違った。彼らは、ユダヤ教のことしか勉強しない。ユダヤ教の教えが全てなのだ。そこには私が持っている、社会科学や比較文化といった観点は存在しなかった。よって会話はほとんど空中戦に終わってしまった。

こういう感じで朝8時から夕方5時まで彼らはずっとユダヤ教の勉強をしている
ユダヤ教地区から通りを一本挟むと、カリビアンたちが多く住む地区に。さらにいくと、パキスタン地区に。NYのこうした多様性は面白い。
ウィリアムズバーグはベルリンに似ている。建物が低く、北エリアはヒッピーやら大麻の香りがする。しかし南エリアに行くと、NYの多様性は全くない、ユダヤ人地区が出現するのである。
スーパーに行き、NYの物価をひしひしと感じる。しかし、健康志向が盛ゆえにあらゆる場所にサラダやヘルシー食品があるのはありがたい。スーパーが広すぎて迷子になり、出られなくなった。アメリカはでかい。
2月28日
ユダヤ教超正統派が住むウィリアムズバーグの南エリアへ。昨日と同じかと思われるかもしれないが、自民党と民主党ぐらい、派閥が異なるので、これは大事なのである。今日は元中の人によるツアー。参加者は私以外全員ユダヤ人。ユダヤあるあるが飛び交うので、ついていけなくなる。参加者の一人は、コロンビア大学の学生で、「ユダヤ教超正統派とAI」について研究しているという。
ツアー中に寄ったパン屋さんで、店員にイディッシュ語とヘブライ語で話しかけてみる。店主は大してびびっていなかったが、客の驚いた表情よ。しかしよく考えてみれば、ツアー参加者は大体ヘブライ語かイディッシュ語ができたので、大してすごくないと言うことに気づいた。とんだまぬけだ。
3日目にして、NYにいるのにNYにいない気がする。Google Mapでドイツ語のNeue Galerieという美術館を発見したので、マンハッタンに行くことにした。NYの人の動きは早かった。東京を思い出す。これが都会のリズムだ。ベルリンがいかに都会ではないかということがよくわかる。単なる美術館なのに、黒服のバウンサーがおり、紳士がスーツを着ていた。ここには、ナチスがユダヤ人から強奪したクリムトの「アデーレ・ブロッホ バウアーの肖像」があった。そういうことか。
地下鉄のダンキンドーナッツでコーヒーを頼んだら、秒で出てきた。しかも前の人が、私が注文すると察して、カウンター横によけてくれているではないか(他人への配慮)。待っている人がいようがお構いなしで、給仕にも時間がかかるベルリンからのギャップよ。なんてことないやり取りに、ほっとしてしまう自分がいた。
3月1日
ルーヴルに行って調子づいたので、世界3大美術館を制覇すべく、メトロポリタン美術館へ。クロークでコートを預けようとしたら、係員がスモールトークを吹っかけてくる。「お前、どこからきた?」。ドイツではほとんどそんなこと聞かれないので、焦った。数秒後、ああこれは、相手が誰であれ、機械的に習慣的に聞いているのだと悟った。
モネやゴッホといった印象画のゴージャスな展示に比べて、日本画の扱いよ。喜多川歌麿が、教室の掲示板みたいなボロい場所に飾られていた。

印象派たちの壁

歌麿の壁
ゴッホの肖像画を見ていたら、日本語のガイドが聞こえてきた。「まあ〜ゴッホはかまってちゃんだったんですよねえ」といって、3分もせずに違うセクションへ移動していった。ツアーに参加しなくてよかったと思った。
ピカソの絵の前で、キュビズムとは何かについて考えていたら、子連れのアメリカ人父ちゃんが、「これがピカソだぜ。キュビズムだ。ほら、絵がキュービー(立体的)だろ」と解説していた。なぜかこちらのガイドの方が腑に落ちた。
ちょっとおしゃれをかまして、白いファーを着てみた。しかしNYで白を着るのは愚かな行為だということが判明。町中にある謎の足場やボロい高架から、やたらと謎の水が垂れてくるではないか。悲報。だからNYの人はみんなダークな色を着ていたのか。観光客丸出し。
3月2日
時差ボケとマンハッタンの情報量に疲れて、外に出る元気を失った。ホテルに1日中引きこもる。ホテル代と時間がもったいないと思いながらも・・・繊細な自分が嫌になる。
3月3日
待ちに待ったユダヤ教の祭り、「プリム」を見に行くことに。しかしアメリカ・イスラエルがイランに攻撃を仕掛けたので、ユダヤ教地区では厳戒態勢が敷かれたとのニュースをみる。現場はそんな雰囲気でもなかった。ユダヤ陣営に対するアピールか?NYも良かったが、やはり狂気レベルで見たらエルサレムに勝るものはないと確信。
帰りがけに、ウィリアムズバーグのピーター・ルーガーとかいうステーキ屋に行く。チップ込みで120ドルもした。NYは都会なので、給仕も早い。アメリカのステーキは、5年に1回で良いだろう。さっきまでは、19世紀みたいな世界観にいたが、急にスーツを決めたビジネスマンたちが、ウロウロしている世界。
JFKからロンドン経由でベルリンに戻る。アメリカン航空のクルーたちは、やたらマッチョでイカつい。日本は可愛い至上主義だが、アメリカはでかい至上主義なのか。食事を運んでいる姿は、サービスというより、給仕である。「ベジ?チキン?」と、『シャイニング』で殺された黒人にくりそつなクルーに聞かれる。「チキン」といったが、声が小さかったためか、「お前は食わんのか」と決めつけられる。こんなこと言われたのは初めてだ。アメリカでは声を張って主張しなければならない、ということを学んだ。
経由地のヒースローは忙しない。朝7時なのに、すでにいろんな店が開いている。忙しそうなリーマンが、電話でずっと仕事の話をしている。こういう都会の風景にほっとしてしまう。帰ればニュージーランドのように人がまばらで、社会主義の名残が香る場所が待っていた。スーパーに行ったら、商品がNYに比べて、死ぬほど安すぎて笑ってしまった。コペルニクス的転回。形容詞って、結局感覚なのだ。
