他人の裸体を見すぎて困惑。ドイツのFKKという衝撃

ドイツに住んでいると、FKK(エフ・カー・カー)という言葉を避けて通ることはできない。いや、スルーをすることもできるが、それでは謎は解けないままだ。よって、ドイツ人の不可解な行動を理解するには、FKKを知る必要がある。

FKKとは

FKKはドイツ語の”Frei(自由な)körper(身体)kultur(文化)”を略したもの。正式には文字通り「自由な身体文化」という意味で、裸を自然なものとして捉え、裸で開放的に過ごしましょっという考え方。要は裸であることは、自由の一種と捉えるのだ。一方で、FKKは売春クラブの俗称としても使われている。

ここでのFKKは、自由な身体文化という意味である。

裸を恥じないドイツ人

ドイツの首都ベルリンに来て以来、どれだけ他人の裸を見てきたことか・・・別に見たくて見たわけではなく、気づけば横にいる他人が裸だったという状態である。そう、ドイツにおいて裸は不可避なのである。

男女ともに裸で入るドイツサウナはもちろんのこと、ジムの更衣室でもスッポンポンでうろうろしている人がいる。湖の寒中水泳に行った時も、参加者の一人が全裸で泳いでいた。そして男女ともに本人たちは、体を隠すそぶりも見せない。そう、裸であることに恥じらいがないのだ。

子どもがいる場所でも・・・

さらに町中でも、裸が突然出現する。キッズも訪れるような文房具屋には、セクシーな女性カレンダーが普通に並んでいたりする。普通に胸がさらされているので、初めて見た時はギョッとした。イベントポスターでも、かなり際どい裸体をテーマにしたものが、街中に貼ってあることもしばしばである。

特にベルリンでは、いろんな思想と相まって裸が日常的に出現する。例えば、みんなで全裸になりましょうというイベント。性的な目的ではなく、裸になることで自由を感じようという、意識高い系なのか、狂っているのかよくわからないイベントである。

またナイトライフが盛んなベルリンでは、セクシー系やフェティッシュ系の衣装を着ていないと入れないクラブもあり、そうした場所では全裸でも許される。クラブで全裸の人がいても、誰も気にしないのが逆に恐ろしい。多様性を推進するベルリンという土地柄か、さまざまな人の裸体を見ることがあり、女性の胸と男性の性器を持ち合わせる人もいた。

もちろん人によって寛容レベルは様々であり、先のイベントやクラブに行くのは、ごく一部の人々。また、やはり裸を見られるのが恥ずかしいから、男性が多いローカルサウナには行かないというドイツ人女性もいる。

裸やセクシー系のスタイルは、エロとみなされる社会も多くある。特に女性がそうした格好をしていると、性に奔放な女性だと思われることもある。

ドイツ人はそうした文脈で裸を捉えられていないらしい。これに関係しているのが、裸はエロではなく、自然なものというFKKの考え方。この他にも、あまり化粧をしない、着飾らないなど、ドイツスタイルは、何かと自然であることを重視している。要はいろんな意味で自然愛好家なのである。

とはいえ、やはり裸を性的なものとして見てしまう目は、人間の本能として否めないのも事実。というわけで、それをどうやってなくしていくかという議論も続いている。

裸に対する反応

堂々とした裸体を見続けていると、こちらもそんなもんかと思い、裸慣れしてくるのである。自分の裸をジャッジされることはない。そんな安心感?があるせいか、筆者もクラブやサウナと言った場で裸を晒すことに、抵抗を感じなくなっているというのも事実。

昔であれば、ヌーディストビーチに対しても、そんな場所があるのか!と食いついていただろう。しかし、裸体が当たり前になってからは、「わざわざそんな場所に行かなくてもねえ・・・近場に裸はいくらでもあるよ」と思ってしまう自分がいる。裸が飽和しすぎて、もはや公園の鳩と同レベルになっている。

ちなみにドイツのFKKにビビっているのは私だけでない。同じヨーロッパでもフランス人やスペイン人は「ドイツのサウナでは裸で入らなきゃいけないのはマジでビビった」などと言っていた。こうした国ではサウナでは水着をつけて入るとのこと。ヨーロッパといえども様々である。