ラクダという動物は知っていても、ラクダについてそれほど多くのことを日本人は知らない。
私もその一人だ。けれども、このアラビア半島にはラクダのエキスパートがいる。それが砂漠の遊牧民こと、ベドウィンと呼ばれる人々である。
ラクダをたくさん所有=金持ち?
サラーラを訪れた時、案内してくれたムハンマドは筋金入りの元ベドゥインだ。いや、本当は今もというべきなのかもしれないが、大学も出て公務員として働いた後、今ではすっかり定住型ベドゥインとして生活を続けている。
そんなムハンマドと行動していると、やたらとラクダトークが炸裂する。たとえば、その辺を歩いているラクダは誰が所有しているのかという問題。
犬や猫のように飼い主がそばにいないので、道端でラクダを見かける場合、野生のラクダなのだろうかと思う。けれども、ムハンマドいわくラクダにはちゃんと「印」が刻んであって所有者が誰か分かるようになっているのだという。
「あれ、うちの部族のラクダだよ」と言って、ムハンマドが指差すラクダの方向を見やると確かにラクダの頬には「印」らしき部族の刻印があった。まるで戦国大名の家紋である。
ムハンマドが所属する部族のラクダ。口の上に直線のような印がついている
興味深かったのは、遊牧民と財産の話である。
かつての遊牧民にとっては、ラクダや羊が財産だった。砂漠で生きる彼らにとっては、紙切れや銅銭といった通貨なんて意味をなさなかったのだろう。であるから、ラクダや羊をたくさん所有している人間こそが金持ち、という世界である。
高級車を乗り回すことや、高級住宅地ででっかい家に住むことが「金持ち」という概念が存在しないのである。
「以前、ローリング・ストーンズのチャーリー・ワッツを案内したことがあったんだ。うちのじいちゃんに紹介したんだけどさ、じいちゃんにイギリスの有名アーティストだよって紹介しても通じないんだ。だけど一緒にいたチャーリーの奥さんが300頭以上の馬を所有しているといった途端、じいちゃんはチャーリーがすごい人って理解できたみたい」
どれだけ多くの財産や金融資産を持っているかが個人の金持ち度を決定する社会からやってくると、この感覚はひどく新鮮に聞こえる。
ラクダと遊牧民のドライな関係
ムハンマド自身もラクダを26頭所有しているという。
はじめは「うちも犬飼ってるよ〜」みたいなノリで「俺もラクダ持ってるよ〜」とポップに話していたが、違った。
どうやらムハンマドは、日本人が不動産や投資信託で資産形成をするがごとく、ラクダを資産形成の一部としてとらえているようだった。それは、愛くるしいペットと人間という関係ではなく、資産と人間というドライかつシビアな関係だった。
あまりにも私がラクダトークに食いついたためか、ムハンマドは自分が飼っているラクダを見せてくれた。ちなみに1頭ずつ名前もつけている。あれま。シビアな関係かと思いきやちゃんと名前をつけるほどの愛着もあるではないか。
ムハンマドが所有するラクダベビーたち
26頭のうちオスは1匹しかいない。ラクダのオスを2頭以上同時に飼うと、喧嘩をして殺し合いに発展するらしい。だから1匹。その1匹は、ブリーディングのためである。
1匹だけ隔離されたオスのラクダ
「オスを飼ってるのは子どもをつくるため。だがな、もしラクダの子どもがブサイクだったらすぐに売り飛ばしてやるんだ。ブサイクな子ども作るラクダのオスには価値がないからな」
ひえっ?
むごすぎない?
そもそもラクダに美醜を求めるて。ベドゥインだけは、日本の芸能界のようにブスいじりなんてしない人だと思っていたのに・・・やっていることは、犬のブリーダー以上にシビアだぞ・・・
いや、けれども、そもそも私自身が砂漠の遊牧民とラクダの関係に幻想を見ていたのかもしれない。優雅に砂漠を歩くラクダ。そしてそれを引き連れるベドウィン。都市の人間は、おペットと人間というようなお気楽な関係を無意識のうちにベドゥインたちにも投影していたのかもしれない。
賞金総額60億円のビューティー・コンテストも・・・
しかし、ラクダは財産。ちゃんと「価格設定」もある。ムハンマドによると、ミルク用のラクダであれば3,000オマーンリアル(約87万円)から、レース用のラクダであれば5,000リアルから7,000リアル(約140万から170万円)が相場だという。ちなみにラクダ1匹あたりの価格は羊35匹に相当するという。あくまでムハンマドの説明によるところだが。
中でも競馬のごとく、「レースで強いラクダ」や「美しいラクダ」は飛び抜けて高いらしい。中には1頭あたり約1億円以上で取引されたケースもある。
サウジアラビアでは毎年ラクダ・ビューティー・コンテストが開かれている。2018年1月に開催されたビューティー・コンテストの賞金総額はなんと57百万ドル。日本円にして60億円以上にもなる。
ラクダレースに関しては、哀しみのラクダレース【ドバイ郊外の町を行く】も参照に。
一体何をもってラクダの美を審査するのか。ラクダの身長やこぶの位置だけではない。下唇の厚さや首からこぶ、こぶから尻尾までの距離といった細かい部分も審査の対象になる。
美しいラクダとして磨きあげたい・・・そんなラクダオーナーの欲望が、ラクダの整形へと駆り立てることもある。ビューティーコンテストに際しては、ボトックス注入をしたと見られるラクダが出場停止になったり、ラクダの下唇を膨らます薬を不適切に注入したとして、ラクダのオーナーに約18,000米ドルの罰金が課されたというニュースもあったほどだ。
ラクダの行進
美しい遊牧民と砂漠の動物の美し関係・・・それは単なる幻想にしか過ぎなかった。ラクダを財産とみなしてドライな付き合いをするベドゥイン。
さらに湾岸諸国での石油発見。石油で得た莫大な現金とあいまって、今ではコンテストには莫大な賞金がかけられ、ラクダは我々が想像だにしない金額で取引されている。それはまるで、日本のバブルを見ているようでもある。
実態とかけ離れた金額で取引されるラクダたち。果たしてこのバブルが弾ける時は来るのだろうか。