インドネシアは、1つの国だが1,000以上の民族が暮らしており、西はマレーシア、シンガポールにほど近いスマトラ島。そして東はパプアニューギニアに隣接するパプア州まで、その東西の距離は中国に匹敵するほどである。
多様な民族を抱える国の首都ジャカルタは、食文化の宝庫に違いない・・・
というわけでジャカルタの食べ歩きツアーに参戦。
参加者は私と、仕事でジャカルタにやってきたという、バンコク出身のメンズ。メンズの名前を忘れてしまったので、ここではバンコくん、ということにしておく。
しょっぱなからお腹いっぱいになる
まず腹ごなしということで、紹介されたのがインドネシアではスナック的に食べるという、魚のすり身で作った「ペンペ」と、大豆発酵食品である「テンペ」である。見た目は全くもって地味だが、付け合わせのサンバルソースといただくと、かなりいける。
ここで衝撃の事実が発覚。バンコくんは、辛いものが苦手だった。そのため、ピリ辛なサンバルソースが食べられないという。トムヤンクンの国民なのに、辛いものが苦手なのか・・・と心の中で思ったが、ステレオタイプに基づいた発言は、よろしくないと思い引っ込めた。
しかし、ガイドのエティは、「え!?タイ人なのに辛いものが苦手なの?」と平気でのたまう。
「そーなんだよねえ。実はタイ料理が苦手で。バンコクでは、もっぱら寿司とか日本料理を食べてるよ☆」
バンコくんに同情である。
インドネシアの納豆とも言われる大豆食品、テンペ。
魚のすり身から作られたペンペ。
ゆでた野菜にピーナッツソースをかけたガドガドサラダについて解説するガイドのエティ。インドネシア人はとにかく何かソースをかけないと気が済まないらしい。
初っ端から、腹持ちがいいものを食べると、後が心配である。そんな私の心配をよそに、インドネシアのさまざまな地域の郷土料理をいただけるというレストランへ。
ここではパパイヤの花を炒めた空芯菜と、牛肉をココナッツミルクで煮込んだ「ソト・ベタウィ」をいただく。インドネシアでは、揚げ物料理が多いイメージなので、まさかの煮込みスープの出現に驚く。そして、かなりうまい。
まろやかスープなソト・ベタウィ
あっさり食べられる空芯菜
しかし、まだ2件目だというのに、我々はすでに満腹になりつつあった。そのため、各々はいかに食べないようにするか、という作戦に切り替えることにした。1食分を3等分に分けるものの、「もっと食べない?」などといって、他人に食べ物を押し付けるのである。
インドネシア最強のストリートフード
次はストリートフードを食べるため、我々は屋台が並ぶ路上へと繰り出した。そこでいただいたのが、インドネシアの定番B級グルメ、「マルタバ」である。クレープのような薄い生地に、アヒルの卵を入れて包み、油でさらにカリッと仕上げた一品である。
屋台が並ぶストリート
マルタバを調理中。油の量が半端ない。
「甘いのとしょっぱいのがあるが、どっちが良いか」
とガイドのエティに聞かれる。すでに満腹状態で、正直いうとどっちでも良い。一方で、バンコくんもどっちともつかず、「あんたに任せるよ」状態である。
というわけで、バンコくんに変わって、私の独断によりしょっぱいマルタバをいただくことに。
インドネシアのストリートフード王とも呼ばれるマルタバ
マルタバは、イエメン発祥の料理で、アラビア語で「包まれた」を意味する「ムタバック」に由来する。イエメンやサウジ、そのほかにもマレーシアやタイなど東南アジアでも幅広く食べられている。
すでに満腹状態の上で、マルタバこと揚げクレープは、美味しいのだが胃にとっては相当な打撃である。フードロスは絶対出さない!というスローガンのもと、ここまでやってきた我々だが、目の前のマルタバには、かなり残っている。
ということで、イスラームのおすそ分け精神に乗っ取り、その辺の人にあげることにした。自分の食べかけを他人にあげる、というのは日本だとかなり抵抗があることだが、イスラーム圏では、よく見かける光景である。
このあたりから、バンコくんの様子がおかしくなる。やたらと、コーラを飲みたいと言い始めるのである。しかし、近くにコンビニもないので、コーラはない。飲み物を提供している屋台はいくらでもあるのに、バンコくんはかたくなにコーラがいい!と譲らない。ガイドのエティもちょっと困った顔をしている。
流石にコーラだけのためにコンビニに立ち寄るのも面倒なので、我々はバンコくんの要求をスルーし、ツアーを続行。ツアーの終盤だというのに、これまたがっつり料理が出てきそうなレストランへ入店。
世にも奇妙なパダン料理レストラン
ここはただのレストランではない。スマトラ島にあるパダン地方の料理を提供する店である。ここでは、世にも珍しい独自のシステムで料理を提供している。
パダン料理店では、メニューというものが存在しない。着席してしばしすると、ウェイターが大量の皿を運んでくる。それぞれの皿には、違う料理が盛り付けられている。その大量の皿から、自分が食べたいものを食べ、食べた分だけ会計をするのである。
そう。メニューを見ずとも、実物が運ばれてくるので、そこからチョイスすれば良いのである。なんと画期的!
しかし、衛生面において並々ならぬこだわりを持つ日本人なら当然疑問に思うだろう。手をつけなかった皿はどうなるのか。答えは、別の客へ再び出されるである。
町中にあるパダン料理屋では、メニュー代わりに実物の料理が並んでいる。
これが通常のシステムなのだが、我々はもうお腹いっぱい。そこで、特別に2品だけ持ってきてもらうことに。
1品目は、パダン料理といえば、絶対外せないルンダン。牛肉の煮込み料理で、CNNの美食ランキングで世界1位に輝いたこともある。3つ星シェフのゴードン・ラムゼイが出演する料理バトル番組でも、ルンダンを巡り地元の有名シェフとの対決が行われたことでも知られる。
そして2品目は、牛の脳みそである。なぜそのチョイスなのか。もっとほかにあるだろ、と思ったが、なぜかこれまで意見などしてこなかったバンコくんの強い要望により、脳みそに決定した。
脳みそなんかわざわざ食べなくても・・・と思ったが、エティいわく
「命を殺しているんだから、どの部位であろうと無駄なくすべて食べた方が良いでしょ」
ごもっともである。
バンコくんが平然と食べる横で、私は、じっと脳みそを見つめた。脳みそを食べるのか・・・脳みそだけは、生命体の中枢をつかさどる神聖な部位のような気がして、食べるのに気が引ける。気持ちの問題だ。
しかし、料理になった以上は食べないと牛に失礼である。というわけで、世界一美味しいと言われるルンダンとミックスすることで、なんとかやり過ごすことにした。食べ方的にセーフなのかはわからないが。
かつて世界で一番美味しい料理に輝いたルンダン
牛の脳みそ。ほぼそのままの原型で登場
脳みその味は、白子である。香辛料が入ったソースをまとうことで、いくらか脳みそ感は薄れており、以前に食べた羊の睾丸よりかは、随分と美味といえよう。
ツアーでもっとも美味しかった一品
さて、ツアーは終局を迎えた。我々は近くのカフェにしけ込み、5時間近くに渡るツアーを振り返った。
最後に注文したのは、アチェのブレンドコーヒー。なんの変哲もないコーヒーなので、写真を撮るのを忘れたが、正直にいうとこのコーヒーが一番美味しかった。もはや料理でもなんでもない。
夜10時前だが、カフェは若者で賑わっている。
ブレンドコーヒー
アチェといえば、インドネシアでシャーリア法が適用されている唯一の州である。婚前交渉が罪となり、そうした罪へは、現役で公開鞭打ちなどが行われている。メッカを抱えるサウジですら、もはやそんなことはやっていない。そのためアチェは過激、怖いというイメージを与えている。そんなアチェにこんな美味しいコーヒーがあるとは。
長時間に渡るツアーはようやく終わりを迎えた。ツアーの前は、ナシゴレンとミーゴレンしか知らなかった私だが、インドネシア料理がこんなにも奥深いものだったとは。
ジャカルタ食べ歩きツアー
私が今回参加したのが、Jakarta Walking Tourである。食べ歩きだけでなく、旧市街やジャカルタ市内の観光スポットなどを巡るツアーなども行なっている。食べ歩きツアーガイドを担当してくれたエティさんは、英語が流暢である上に、知識も豊富でとても気さくな淑女。インドネシアのカルチャーなどについても教えてくれる。食べ歩きツアーは1人59ユーロから。