観光客でにぎわうインドとは対照的に、いまだ観光地としてはハードルが高いと思われているパキスタン。よってここを訪れる外国人旅行者も少ない。しかし、それはパキスタンが魅力的な観光スポットに欠けるという意味ではない。むしろ、ポテンシャルとしてはインド同様に高い。
古都ラホールは、ムガール帝国時代の美しい建築物が残る場所。そう、いわばもう1つのデリーなのである。そんな魅力あふれるラホールの観光スポットをご紹介。
ラホールとは?
パキスタン第2の都市であるラホール。ムガール帝国の首都だったということもあり、歴史的な建築物が多く残る文化の中心地でもある。ユネスコの文学都市にも認定されており、主要な大学や芸術学校が多く集まる。
「イスファハーンは世界の半分」という表現がある。16世紀末にサファヴィー朝の首都でもあった当時の栄華を反映した言葉で、イスファハーンを見ていなければ世界の半分も見ていないという意味である。一方で、ラホールの人々は「イスファハーンは世界の半分。ただしラホールがなければ」という。
カラチやイスラマバードは、建国後に発展した都市のため、やや人工感が否めない。しかしラホールには、古くからこの地に住む人々の歴史がある。そうした意味で、見所も多く、多くの観光客が訪れる場所にもなっている。
ラホールを訪れる理由
ラホールは日本でいう京都みたいな場所だ。ムガール帝国時代の建築物が集まっているし、シク王国時代のシク寺院、英領インド時代のコロニアル建築などが集まる。
そして、ラホールには、アフガニスタンのカブールから、インドのデリーまでをつなぐ、一本道がある。まっすぐ東へ行けばデリー。まっすぐ西へ行けばカブール。今では様々な事情により国ごとに分断されているが、一本道で様々な国がつながっているという、島国の日本では味わえないワクワク感を与えてくれる。
パキスタンの歴史やカルチャーに興味がある人であれば、ぜひ訪れたい場所。
ラホール観光に必要な日数
ラホール市内の観光スポットを巡るのであれば、2~3日あれば十分だろう。
ベストシーズンは?
パキスタンは訪れる場所によって、観光シーズンが異なる。ラホールの場合は、冬季に当たる11月〜3月頃がオススメ。特に12、1月になると夜はかなり冷え込む。4、5月は気温が40度近くになるため、観光どころではない。7~9月は雨季となる。
ラホールの移動
ラホール市は、大まかに分けて旧市街、新市街に別れている。観光スポットが旧市街にある一方、旅行客が泊まるホテルは新市街に集中している。新市街から旧市街へは、車で30分程度。リキシャであれば片道400~500ルピー。旧市街内の移動は、プライベートリキシャや短距離専用の乗り合いリキシャが便利。
カリームやウーバーも使えるが、質はあまり良くない。勝手にキャンセルしたり、なかなか来なかったりする。移動する前に体力をかなり消費する。メトロやバスもあるが、観光客が移動するエリアには被っていないので、乗る機会はないだろう。
外国人価格 vs 現地人価格
パキスタンルピーは、貨幣価値が低いせいか、パキスタン国内では外国人料金というものがある。ラホールではラホール城、シャリマール庭園、ラホール博物館などでは入場料が必要になる。外国人向けチケット価格は、現地民の10~50倍である。こうしたシステムは、イランやエジプトにもある。
また、パキスタンルピーは年々下落しており、一概に地球の歩き方やロンプラの価格を参考にすることはできない。これらのガイドブックが出された当時(2006年)のレートが、100円=54ルピーなのに対し、2022年では100円=150ルピーになっている。
ラホールツアー
ラホールは見どころが旧市街に集まっているし、パキスタン南部一部地域のように警察のエスコートをつける必要もないので、比較的自由に観光ができる。外国人ということで、ジモティーの奇異の目にさらされるが、一人で出歩くこともできる。
カルチャー都市ということもあって、現地ツアーも充実。現地のパキスタン人にオススメされたのが、”Walled City Lahore Authority ”である。数時間で観光スポットを巡る旧市街ツアーや、夜景を巡るツアーなどが定期的に開催されている。ジモティー向けなので、価格がリーズナブルなのもポイント。
ホテル選び
快適に過ごすのであれば、ホテル代はケチらない方がいい。パキスタンのホテル情報は大体盛られているため、写真とリアルに大きな乖離がある。ひどい時には、もはや別人である。またパキスタン人の口コミもあてにしない方がいい。外国人観光客とは、求めるレベルが大きく違うからだ。
出来るならジモティーにピックアップしてもらう方が、ババを引く可能性は低い。私がおすすめしてもらったのは、Ambiance Hotel。ややお高いが、安全や快適性を考えたら、払っておいて損はない。
ラホール観光スポット
ラホール・フォート(世界遺産)
ラホールに行くなら絶対外せないのが、ラホール・フォートである。フォートというから、要塞をイメージさせるが、敷地内には宮殿やモスク、庭園などがあり城塞都市に近い。ラホール・フォートは、歴史の積みねによって出来上がった、時代のミルフィーユみたいな場所である。
ムガール帝国の皇帝たちによって代々増改築がなされ、当時の美意識と技術の高さを結集した建物や装飾が集まっている。まるでムガール建築美術の詰め合わせセットである。それらを1つずつ丁寧に開封していくとかなり時間がかかる。
アクバル皇帝の時代に作られたアクバル・コート。象の石像などヒンドゥー教の影響も見られる。
シーシュ・マハル(鏡の宮殿)。「砦の王冠の宝石」とも呼ばれている。カットした鏡を壁全体に施す、”アイナ・カリ(鏡仕事)”と呼ばれるイランの技術が使われている。チケットは別売りで100ルピー。なぜかここだけカメラの持ち込みは禁止。
シーシュ・マハルに向かって左手には、ナウラカ・パビリオンがある。ウルドゥー語でナウラカは90万を意味する。当時としては破格の90万ルピーという大金をかけて作られたため、そう呼ばれている。こちらは、タージ・マハルでも見られるようなピエトゥラ・ドゥラと呼ばれる大理石象嵌の技法が、ほどこされれているのが特徴。ただ、建物の損傷がひどく、修復作業もあまり進んでいないのが残念。
城壁に描かれた世界最大のタイル壁画。カラフルな彩りで、帝国の宮廷生活、当時の娯楽や人気のスポーツにいそしむ人々の姿が描かれている。
イスラーム建築では、偶像崇拝禁止だから動物や人間はNG!なんでしょ、と思われるかもしれない。けれども、宗教建築であるモスク以外であれば、自由な表現がOK。というわけで、天使や象、人間などなんでもありである。
ラホール特有のタイル技術に、モスクにはない自由な表現、色使い、幾何学模様など、まるで美術館の絵を鑑賞しているような気分になれる場所。しかし、城壁の外にあるのでスルーされがち。
城塞内には、小さな博物館もあり、タージマハルの模型やムガール時代の細密画、コーラン写本などが展示されている。
ラホール・フォートの敷地内は思った以上に広く、入るのも容易ではない。地図上でゲートとなっていても入れるわけではない。メインゲートになっているのは、駐車場に隣接しているゲート1である。ゲートから10分ぐらい歩いていくと、左手にラホール・フォートが見えてくる。
バードシャヒー・モスク
ラホール・フォートに隣接しているので、セットで訪れることになるだろう。ムガル帝国最大のモスクで、その規模は圧巻だ。ドームの上に乗る大理石の巨大ドームが象徴的。収容人数は10万人とのことで、かつてのムガール帝国首都の繁栄ぶりがよくわかる。インドのジャイプールから運ばれてきたという赤砂岩がモスク全体に使われており、ほんのりとモスクを情熱的に見せる。
内装は大理石を基調とし、ダイナミックかつ繊細な装飾が施されている。
モスクの敷地内は土足禁止のため、入り口付近で靴を脱いで入る。敷地内にはゴミや鳥のふんなどもあるため、気になる人は靴下を履いてきた方がベター。入り口付近に靴係がいるため、帰り際にチップとして20~50ルピーほど渡す。
ワジール・ハーン・モスク
このモスクを見ずして、ラホールを離れることはできない。ムガール帝国建築の中で、最も装飾がほどこされたモスクとして知られる。外壁や入口ゲートは、カラフルなタイルで彩られている。入り口ゲートで圧倒させられて、なかなか中へ入ることができない。
ムガール建築の中でも、当時のおもむきが残る貴重なモスクだ。かなり損傷していたり、修復工事が進んでいないため、悲惨な状態になっているものも多いからだ。フレスコ画に描かれた花がモスク全体に咲き乱れている。ムガール帝国を華の帝国と呼ぶにふさわしい傑作である。訪れるものを、酔わせる美しさがそこにはある。
シャヒ・ハンマーム
ハンマームというのは公衆浴場のことで、日本で言う銭湯である。テルマエ・ロマエで知られるローマ浴場にインスパイアを受け、イスラーム圏でも次々と作られるようになった。
ペルシャスタイルのハンマーム内部に施されたのは、ムガール様式のフレスコ画。華の帝国ならではの、豊かな植物描写や人物画が描かれている。こんな美しいフレスコ画を眺めながら入る湯は、さぞかし気持ちがいいものだろう。カフェも隣接しており、ワジール・ハーン・モスクの近くにある。
ラホール城壁都市/旧市街
ラホール・フォートやバードシャヒー・モスクなど、ラホールの観光スポットは旧市街にある。約20万人が暮らすという街は、かなり広い。道もかなり入り組んでいるため、迷路のようである。大きな台車やバイクが通ったりと忙しないが、人々の生活風景を目の当たりにすると、「ああ、パキスタンにいるんだなあ」という気分になる。
シャリマール庭園(世界遺産)
タージ・マハルの建造者としても知られるシャー・ジャハーンの時代に造られた。シャー・ジャハーンの時代はムガール帝国の最盛期でもあり、皇帝は多くの財産を建築や美術につぎ込んだことで、後世に残る名作が生まれた。この庭園もその1つである。
ペルシャ式の庭園には、400以上の噴水があると言われているが、デング熱対策のため、噴水の水は引き抜かれている。パキスタンの休日である日曜日だと、庭園というより市民のピクニックスポットと化す。ゆっくり回るなら、平日がおすすめ。
ジャハーンギール廟
ムガール帝国皇帝ジャハーンギールが眠る廟。旧市街から車で20分ほどの場所にある。赤砂岩で造られた廟の壁画には、美しい大理石の象嵌がほどこされている。
埋葬室へ続く廊下には、花模様のフレスコ画が全体に施され、カラフルな象嵌が施された慰霊碑が鎮座する。大理石象嵌技法による小さな花が、慰霊碑を華麗に彩る。通常、廟といえば慰霊碑の上にはドームが設置されている。しかし、ジャハーンギールが生前に「ドームをつけるな!」と言ったため、ここの廟にはドームがないのも特徴。
ラホール博物館
パキスタン国内で最も充実した博物館といえる。パキスタンの歴史や美術品に触れるにあたり、これ以上の場所はない。
特に日本人が興味を引くのは、ガンダーラ美術作品だろう。その中に「断食をする仏陀象」がある。ガイドによれば、日本政府が、借金を帳消しにしてもいいから譲ってくれ!と懇願したこともあるらしい。それほどに、世界的に希少価値が高い作品である。
断食をする仏陀像
じっくり見るには3時間ぐらい欲しい場所である。ツアーだとさっと終わってしまうので、可能であれば個人で行く方が良いだろう。ただし、開館時間でも閉館していたことがあったので、事前に確認した方が良いかもしれない。
博物館のチケット売り場横には、本屋がある。パキスタンだけでなく、世界のアート、建築、歴史、カルチャー分野の本がそろっている。見た目からは想像できないほど、めちゃくちゃ品揃えが良い。本好きには嬉しい場所である。
ラホールの博物館といえば、個人博物館として知られるファキール・ハーナ博物館も有名。稀少なコレクションがそろっているが、私邸博物館なので訪れる前に確認が必要。
ワガ国境セレモニー
インドとパキスタンの関係を知るには絶好の場所である。毎日、日没の時間帯になるとフラッグセレモニーが開かれる。結果としては、国旗を格納するということなのだが、それに至るまでのプロセスが面白い。
音楽フェスみたいに爆音ミュージックがなる中で、インド、パキスタン両国の警備隊が華麗な衣装を着て、”威嚇”パフォーマンスを繰り広げる。鉄格子で仕切られた国境線の両側には、スタジアムが設置されており、インド、パキスタン側の観客が、それぞれ「わが国万歳!」などと叫ぶ。その愛国心のぶつかり合いはまるで、国の威信をかけたスポーツ観戦さながらである。
市内中心地からは1時間ほどの場所にあるので、バスやリキシャーで行くのは難しい。車をチャーターしていくべし。
ラホールを訪れる旅行者は必ずや思うだろう。パキスタンにこんな美しい場所があるのか、と。旅行者が少ないため、知られていない情報も多い。だからこそ、現地へ行ってみると、余計にその魅力に驚かされるのだ。