左手の薬指を見ると、キラリと光るものが目に入った。趣味でアクセサリーでもつけ始めたか、と冗談半ばで「結婚でもしたのか?」と聞いた。
彼は照れながらも嬉しそうに「ついに婚約しちゃったんだよね〜」と答えた。
かねてより未来の妻探しをしていたパレスチナ人の同僚、ヒシャームがついに婚約をしたのだ。1年前ぐらいから「早く結婚したいよ☆」などといっても、そんなのは当分先のことだと思っていた。
このブログでも彼は何度か登場してるが、それらの記事をあわせて読むと、よりこの出来事が感慨深く味わえる。
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イスラーム教徒の結婚
しかし、その時は意外にも早く訪れた。どうやら本気で結婚をするつもりだったらしい。
ヒシャームは27歳である。日本の平均からすると、やや早い結婚かもしれない。けれども、彼の故郷であるシリアではやや晩婚に値する年齢だろう。
出会いは4か月前。共通の知人が集まる食事会で彼らは出会った。
相手の女性はアルバニア出身。世界的にも知られた銀行の投資部門で彼女は働いている。ちなみに彼女の家族はスイスに住んでおり、彼女もまたスイスパスポートを所持している。
選んだ決め手はなんだったのか。
ヒシャームいわく、知的であること。そして敬虔なイスラーム教徒であることがポイントだったらしい。「彼女は1日5回ちゃんと礼拝をするんだぜ☆」などと、いかに婚約者が立派なムスリムかを自慢げに話していた。
今までは、「セクシー美魔女に誘われちゃったよう☆」などと鼻の下を伸ばしていたが、最終的にはそれとは関係ない基準で選ぶのが結婚らしい。
一方で彼の婚約を知った周りの既婚者たちは、一様に「結婚なんてするもんじゃないぜ」だとか「そんなに急がなくてもいいんじゃない」などと言い始めた。
自らの存在を否定するような発言である。
なぜ既婚者は自分が結婚しておきながら、まわりには「結婚って、そんないいもんじゃないぞ」といいふらすのだろう。
セルフ婚約祝い
婚約はめでたい。普通ならば、周りがよかったねえなどといって、パーティーの1つでも開くところだろう。
しかし、彼の場合は違った。
婚約を発表した翌日、彼は大量のクナファを注文し、「俺の婚約祝いだぜ〜」といって、同僚たちに振る舞った。
クナファとは、アラブのお菓子で、チーズケーキみたいなものである。ちなみに私がもっとも愛するアラブスイーツがクナファである。
とろーりとけるチーズと、サクサクっとした生地の食感が人々を魅了する
「え?普通は逆なんじゃないの?なんで自分の婚約を自分で祝ってんの?」
「俺らのカルチャーでは、こういうもんだから」
そういうもんらしい。
結婚するまで私たち、純潔です
婚約してからというものの、ヒシャームは変わった。
なんの記念日でもないのに、会社に突然送りつけられてきた、婚約者からのケーキと手紙に顔をゆるませたり、「お!おしゃれなピアスしてるやん」と女性を褒める技術も身につけ始めたのである。
「昨日、婚約者と一緒にモスクへ礼拝にいったんだあ☆」などと嬉しそうである。
初めて恋愛をする人は、こうなんだろうなあ、とほほえましく見守った。
ある日には寝不足のような顔をしていたので、「どしたん?」と聞くと、「毎晩、婚約者と遅くまで話し込んでてさあ、寝不足なんよ」という。
「で、キスとかはもうしたん?」
ヒシャームは、女性にモテる容姿だが童貞である。婚約したのだから、もういろいろ解禁しちゃっていいんじゃないか、と私は思っていた。
「いやあ、それは結婚するまでマジないて。今だって、お互いの部屋を行き来なんか絶対しないし、話すとしたら外で話すし。密室で2人きりになるのは避けてる」
誇り高き童貞である。
ちなみに相手もまた純潔である。
どうやら結婚まで、お互いに純潔でいましょう、というのがルールらしい。
なぜ結婚をするのか
そもそも彼はなぜ結婚することにしたのか。
「俺の幸せっていうのは、他の人を幸せにすることなんだ。30代、40代で独身だとするだろ。そういうのは、自分のためにしか生きていないわけで、身勝手じゃん?
昔、セクシー美魔女について話したのを覚えているか。今でも彼女からたまに連絡来るけど、哀れだよな。確かに見た目はセクシーかもしれんけど、彼女は30代後半で結婚すらしていない。そういう人生は寂しいと思うんだ」
完全に勝ち組の言い分である。
すでに”自分勝手な”人生を歩もうと決めていた私のような人間にとっては、大きな衝撃である。
「それに、結婚したらやっとできるじゃん。アレが」
彼はちょっと嬉しそうだった。でも、それは単におまけにしかすぎない。決して、結婚の目的ではないのだ。
「えー、でも結婚したらその人としかできんよ?アンタの男としてのポテンシャル無駄遣いじゃん?」
「それは神に罰せられるからあかんのや。いいか、結婚してるのに妻以外の女と関係を持つこと、浮気。それらは神に罰せられる対象になるんや。そんなことしたら、天国にいけまへんて。
しかも自分も相手も傷つくことになるやろ。そんなん、誰も幸せにならんこと、するかいな」
神に罰せられる。
この一言で、私のやましい疑問はぶったぎられた。
イスラーム教徒の結婚というと、いかにも我々日本人とはまったく違うと思いがちである。
イスラーム教徒の男性は、イスラーム教、ユダヤ教、キリスト教以外の女性とは結婚できないとか、マフルと呼ばれる持参金を花嫁側に渡すだとかいった、もろもろ細かい違いやルールはある。
けれども、イスラーム教徒だからといって、みなが同じルールに従っているわけではないし、地域やお家の方針によっても違うので、ひとくくりにはできない。日本人と同じように恋愛結婚をする人もいる。
そんなわけで、今回は身近にあった一例をご紹介。
マンガでゆるく読めるイスラーム
普通の日本人がムスリム女性と暮らしてみたらどうなる?「次にくるマンガ大賞」や「このマンガがすごい!」などでも取り上げられた話題のフィクション漫画「サトコとナダ」。
イスラム教やムスリムのなぜ?が分かる。対談形式のマンガだから分かりやすい!ムスリムの日常や中東料理、モスク、ファッションといったカルチャーまで。イスラーム入門本はこれで決まり!