金日成よりも長い!世界一の長期政権が続く、ゆる〜い独裁国家オマーン

独裁国家といえば、北朝鮮やナチス時代のドイツを思い浮かべる人が多いだろう。

北朝鮮のようなゴリゴリの独裁国家ではないものの、オイルマネーで潤う湾岸諸国もそれに近しいものがある。

つまりは、王様が一番偉いであるぞ!えっへん!ということである。北朝鮮のようなわかりやすい独裁感がないため、普通に町を歩いていてもすぐには独裁国家だとは気づきにくいのが特徴である。

「独裁」と聞くと、庶民はいかにも抑圧された生活を送っているように思えるが、石油収入で潤う湾岸諸国にはそれがないので、独裁による悲壮感は漂っていない。

むしろ、石油ゆえに潤っているというイメージが、「独裁」という負のイメージを消し去っているともいえよう。

それゆえ、ここではこうした国をゆる〜い独裁国家と呼ぶ。そんなゆる〜い独裁国家の1つであるオマーンを訪れたのは、ちょうどナショナル・デーに当たる日だった。

知られざる、ゆる〜い独裁国家の実態

ナショナル・デーといえば聞こえはいいが、この日はカブース国王の誕生日なのである。

自分の誕生日を休日にするとは・・・庶民からすればなんとも傲慢に見えるが、日本にも天皇誕生日というものがあるので、まあこの辺は許容の範囲である。

しかし、これは序の口に過ぎない。よく目をかっぽじってみると、何やら奇妙な光景に出くわす。

オマーンの紙幣を見てみると、すべての紙幣にカブース国王が描かれている。


同一人物です

お札のコンプリ・・・これは独裁国家の筆頭格、北朝鮮ですらも思い浮かばないような手法である。

まるでアイドル!?国民の熱狂ぶりがハンパない

今年はカブース国王が政権を握ってから、48周年に当たるということで町ではやたらと「48」が強調されていた。


シェルもナショナル・デーを祝う。よく見ると「48」の文字は、カブース国王の写真になっている。

さらに驚くべきは、地元の新聞「マスカット・デイリー」だ。48周年にちなみ、紙面が48ページ分。そしてその48ページ分すべてにカブース国王の写真が掲載されているのだ。


とりあえず新聞をすべて広げてみるとこんな感じ。もはやニュースじゃなくて写真集。

AKB48でもドン引きしそうな、「48」への執着。「48周年」というよりも、「48執念」である。すべての紙面が1人のおっさんの顔で埋め尽くされているのである。これを見て喜ぶ人間などいるものか。

いるのである。

ゆるキャラっぽいカブース国王の見た目のせいか、カブース国王に好意を寄せる国民は少なくない。


カブース国王の宮殿前で、持参したカブース国王の肖像画を囲み、きゃっきゃしているオマーン人家族。純粋無垢の極みである。


ナショナル・デーを記念したオマーンの痛車。日本で車をデコるのは、オタクと右翼ぐらいだろう。オマーンポリスによりこの日だけは、車をデコることが許されたらしい。

このように純粋無垢な国民は、オマーンの国旗カラーグッズを買い込み、ナショナル・デーを祝うのである。しかし、オマーンの国旗は赤白緑なので、はたから見ると単にクリスマスに浮かれている人々にも見えなくはない。


ナショナル・デーのためオマーングッズを扱う店。ここでもカブース国王の肖像が多用されている。もはやカブース国王は、オマーンにおけるジャニーズ的存在なのではとすら思える。

現存する政権で世界一の長期政権。カブース国王とは?

この人物なくして、今のオマーンは語れない。それが現在のオマーンのトップである、カブース・ビン・アル・サイード。カブース国王である。

驚くなかれ。

国王の在任歴はなんと48年。現時点で存在する政権では世界で一番長い歴代の長期政権を見ても、北朝鮮の金日成で45年、リビアのカダフィ大佐が41年。

歴代の有名独裁者たちが、叩き出した記録を地味に凌駕しているのが、カブース国王なのだ。

カブース国王
ショッピングモールでひらかれていたスルタン・カブースの肖像画展。カブース国王のいろんな顔を楽しめる。

そんなカブース国王も78歳。見た目からしてもおじいちゃんなので、ここでは不敬罪を覚悟して、カブースじいちゃんと呼ぶことにしよう。

北朝鮮よりも厳しい?徹底した独裁の時代

ほがらかに見えるカブースじいちゃん。こう見えて結構な人生を送っている。

今のオマーンからは信じがたいが1970年までは、この国は鎖国をしていた。当時は舗装された道路も6kmしかなく、学校は3つ、公立病院は2つしかない状態。

ちゃんとした教育を受けるには、海外に出るしかない。しかし、鎖国中の国では、それすらも違法に当たるので一度海外に出たら戻ってくることはできなかった。

当時はマラリアや栄養失調で亡くなる人も多かったという。さらには西洋を連想させるサングラスは禁止され、映画館、テレビ局の設置、楽器を弾くことすら禁じられた時代である。

極め付けは家を建て直したり、車を買うのにさえも当時の国王の許可がいるという、我々がイメージする「独裁」に近い状態だった。この点においては、北朝鮮といい勝負だろう。現役バリバリの独裁時代である。

息子を軟禁した父親に対してクーデター

そんな時に国を牛耳っていたのが、カブースじいちゃんの父親、サイード・ビン・タイムールである。サイードはとにかく国民が知恵をつけて、自分に逆らうことを恐れた。と同時に西洋というものに対して、多大な不信感を抱いていたのである。

国民への圧倒的な抑圧は、己の権力の保持、そして己が抱く恐怖の裏返しでもある。

イギリス留学をへて、イギリス軍に従属。退役後に息子カブースが、そんな父親の元へ「やっほ〜い」と帰ってきた。しかし、どういうわけか父親は息子を宮殿に軟禁。

イギリスでの生活を知っている息子には絶え難い仕打ちだったのだろう。「こんなんマジでやってられねえわ」と思った息子カブースは、クーデターを起こし、自らの父親を国外へ追放するのである。

オマーンの劇的ビフォーアフター

こうして現在のカブースじいちゃんが政権を握るようになった今では、1,500の学校 、250以上の病院施設が作られ、舗装道路も2万キロメートル以上に達した。岩山が多いオマーンにて、道路を舗装するのは難儀なことだと思われる。

2010年に発表された「人間開発報告書2010」では、過去40年間でもっとも人間開発指数が改善した国のトップがオマーンだと発表された。

石油の恩恵で少なからず国は豊かになり、インフラもずいぶんと整った。


マスカットにある高級ブランドなどが入ったショッピングセンター、オペラ・ギャラリア

そんな劇的ビフォーアフターをたたえて、人々はこれを「オマーン・ルネサンス」と呼んだ。カブースじいちゃんが国王に即位した日を「ルネサンス・デー」とし、オマーンの祝日にもなっている。

バツイチ独身の国王。自分の息子が怖い・・・

そんなカブースじいちゃんだが、曲がりにもなにも、もう78歳である。いつ何時ぽっくり逝ってもおかしくない。

そこで浮上するのが後継者問題なのだが、なにせカブースじいちゃんはバツイチの独身で子どもがいない。

ゲイなんじゃないか?と思ったが、地元の人に聞くと自分の息子を恐れている、というのが一般的な説らしい。かつて自分がクーデターで父親を追放したように、自分もまた息子に裏切られることを恐れているのではないか、というのだ。

自分の息子に裏切られるのが怖くて、子どもを作れない・・・庶民には理解しがたい発想である。しかし、それだけ大きな権力を振るってきたことの証だともいえよう。

国民に好かれる独裁者

かつてのオマーンの独裁ぶりを考えれば、カブースじいちゃんの偉業をたたえずにはいられない。国民がカブースじいちゃんに熱狂する理由もわからなくはない。

とりわけ更地同然だった場所を一代で、国として築き上げたのである。

「昔は、強盗とかが多かったから安心して夜も眠れなかった。けどカブース国王になってからは、家に鍵をかけないでも安心して寝られるようになったよ」という人もいた。

どんだけこの場所は危険だったのか・・・今の安全なオマーンからは想像しがたい。

独裁国家は意外と悪くない?

我々が独裁者に抱くイメージは、常に負である。強権、抑圧。

けれども同じくゆる〜い独裁国家に暮らして思うのは、必ずしも民主主義が良いとは言い切れないのではないか、ということだ。

独裁国家ゆえの不便さはあるものの、むしろ民主主義の日本よりも幸せな生活だったりするんじゃないか、とさえ思う。

リビアのように独裁政権崩壊後に、治安が不安定化し、まとまりがつかなくなった国もある。

人々は独裁を忌み嫌うが、独裁ゆえにうまくいく国もある。そんな国々を見ながら、「民主主義は素晴らしい」という風潮や主張は本当に正しいのだろうか、と時々思う。

民主化していない国は遅れている。本当にそうなのか。そして民主化した国であれば、国民は幸せな生活が送れるのか。

案外そうでもないんじゃないか、というのが今回の気づきである。

オマーン旅行前に読んでおきたい本

旅行先としてはまだマイナーなのか、オマーンだけを特集した旅行本はない。唯一あるとすれば、「地球の歩き方 ドバイとアラビア半島の国々」。細々と紹介されているわりには、各地の情報がきちんと網羅されているので、役に立った。

さらに歴史や文化などマニアックな情報を入手したい人はこちら。オマーンの意外な歴史を知ると、オマーン観光がいっそう面白くなる。

20代後半から海外で生活。ドバイで5年暮らした後、イスラーム圏を2年に渡り旅する。その後マレーシアで生活。大学では社会科学を専攻。イスラエル・パレスチナの大学に留学し、ジャーナリズム、国際政治を学ぶ。読売新聞ニューヨーク支局でインターンを行った後、10年以上に渡りWPPやHavasなどの外資系広告代理店を通じて、マーケティング業界に携わる。

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