食べたくても食べられない料理がある。それがイラク料理の「マスグーフ」だ。
とりわけUAEやサウジアラビアを始めとする湾岸諸国料理は、お一人様には優しくない。なぜなら通常の分量が2〜3人前だからである。
もともとはベドゥインだった彼らにとって、行動の最小単位はいつも家族や部族単位。一人ということはありえない。それは今も変わらず、たいがいのレストランは家族連れや友人連れで賑わっている。
お一人様フレンドリーな街、東京からやってきた人間にとって、こうした湾岸の料理はちょっと冷たい。食べたくてもふらりとレストランによって、一人気ままに食べるということができないのだ。
マスグーフもその一つ。代表的イラク料理ということもあって、いつか食べてみたいなと思いながらも、どう見ても5人前ぐらいありそうなアンチ・お一人様料理である。食べるには、ドラゴンクエスト並みに一緒に食べる仲間たちを集めなければいけないのだ。
ちっ。お一人様お断りかよ、とちょっといじけていたら、意外にもあっさりその機会はやってきた。偶然参加した食べ歩きツアーで、イラク料理屋に訪れることができたのである。
ツアーに参加したのはシアトルからやってきた60代ぐらいの夫婦。シアトルというとスタバしか思いつかないが、その夫婦はカフェを経営していそうな感じである。
もう一組は、メルボルンからやってきた関西人的なノリの親子。お母ちゃんがやたらとしゃべるのに対し、20歳ぐらいの娘はしきりに天使のような笑顔を見せていた。
欧米かあ・・・私は江戸時代に鎖国をした日本人の遺伝子を今も受け継いでいると勝手に思い込んでいる。黒船来襲にパニクった江戸時代の人々と同じく欧米人=怖い、と思っているふしが未だにあるのだ。欧米は怖いが、目当ての料理が食べられるのならしょうがない。
店内に入ると、真っ先に目についたのがリアルな岩山。そして岩山から水が滝のようにチョロチョロ流れている。ディズニーランドのアトラクションにありそうな作りである。
さらに我々一行を驚かせたのがこれである。
背開きになった魚が焼かれている。焼きあがるのになんと45分かかる。
一体なんの儀式なのか?
と思いきやマスグーフに使われる魚を焼いているのだという。魚といっても単なる魚ではない。あの由緒正しきチグリス川に住む「シャッブート」もしくは「ブンニ」と呼ばれる鯉の一種。
鯉とはいえ、日本で見る鯉とはサイズが全然違う。ちょっとした巨大魚だ。我々一行が食したのは、その半分のサイズ。これでも2キロ近くはあるという。道理でアンチ・お一人様料理なわけである。
一人で食べられるもんなら食べてみな。挑戦的なサイズ。
マスグーフ入刀の瞬間。緊張が走る
正直いうと、イメージ的にはバリバリとした食感なのかなと思っていた。
しかし、その柔らかさに衝撃が走る。なんだこのムニエル感。
皮はパリッ。中の白身はふんわり。
マンゴーピクルスソース、アンバー
スマック(Sumac)と呼ばれる酸味のあるベリーから作った香辛料
ちぎったパンに魚をのせ、アンバー、スマックを振りかけて食べるのが一般的らしい。
しかし、これはパンというよりも日本の白米にめちゃくちゃ合う料理じゃないか!なんでパンなんだよ。魚をしばらく食べていなかったということもあってか、あの鯉の美味さは半年ぐらい忘れそうにもなかった。