キナバル登山に関する体験記は多い一方で、ヴィアフェラータを経験した者の声は少ない。ゆえにキナバル登山は、それほど苦ではない、難易度は高くないと評される。
しかし、これこそがあの体験の元凶なのだ。同じような思いをする人がこれ以上増えないことを、私の体験を持って切に願う。
ヴィアフェラータとはなんぞや?
そもそもの元凶は、ヴィアフェラータについての調べが甘かったことが原因だ。形式的に言えば、ヴィアフェラータとはイタリア語で「鉄の道」を意味する。ロッククライミングの一種だが、装備は少なく、全くの初心者でもできる!というのが売りである。
ただ、個人的な体験から言うと、初心者でもできることはできるが、私のように登山の延長線上のアクティビティと考えると、ちょっと痛い目にあう。やる前に、室内のロッククライミングで、感覚を掴んでおけばと心から思う。
キナバル山のヴィアフェラータ
日本を含めヴィアフェラータは、世界各所にある。しかし、ここキナバル山のヴィアフェラータは、世界で最も高い場所にある、と言うのがイチオシのポイントである。ギネスにも登録されている。
通常、キナバルト登山は、登頂後に登ってきた道をそのまま下るのだが、ヴィアフェラータの参加者はその途中で、登山路ではなく、崖を下りながら山を降りることになる。
そのため、通常の登山スケジュールとは少し異なる。
宿泊するロッジは、ヴィアフェラータ参加者専用のペンダントハットロッジに泊まる。山頂へのゲートに一番近く、早い時間に登頂できるようになっている。そして、事前にカナビラの付け方などのブリーフィングを受ける。
ブリーフィングの様子
ヴィアフェラータは、過酷なロングコースと、比較的楽なショートコースの2択がある。
山頂への出発は、午前2時半頃だが、ヴィアフェラータに参加するには、出発ポイントに7時15分までに到着している必要がある。マレーシアだから、ちょっと遅れてもいいっしょ、と思ったが、時間厳守とのことであった。
つまりどういうことか。
さっさと登頂して、さっさと出発ポイントに来いよ、ということである。登頂したからといって、ゆっくり下山している暇はないのである。
軽々しい決断があだとなる
とまあ、振り返ってみるとマゾ的な登山コースなのだが、予約時のWebサイトでは、笑顔の参加者の写真と共に、初心者でもできる!楽しいコース!などと添えられていた。そのため、私は牛丼のトッピングと同じ軽いノリで、「へえ〜そんなのもあるんだ」と、予約していたのである。
しかし、実際に現場についてみると
騙された!話が違うじゃないか!
目の前に広がるのは、地上が見えない断崖絶壁である。ここにきて、騙されてバンジージャンプをやる人の気持ちになった。
バディを組むことになったドクター(一緒のコースに参加していた日本人)も初心者だというのに、平気そうである。「富士山と同じ高さから降りるんだね〜」などとのんきに言いながら、恐怖におののく私を尻目に、セルフィーをパシャパシャとやっている。
うわあ。正直やりたくねえ。
とか言いつつも、進むことになった。「戻りたくなったら戻れるよ☆」というガイドの言葉を信じたものの、それがのちに戯言だと知る。
こうして、私、ドクター、ガイドと3人でグループを作り、恐怖のヴィア・フェラータへいざ出陣していくのであった。我々の他にいたのは、2人の男性だけで、どうやら20人以上いた台湾人グループは、間に合わなかったのか、別のショートコースへ行ったのかもしれない。
やっぱりそうなんだ。普通はこのコースはやらないんだ・・・
脳が大パニックを起こす
ななななナナナ7777 、なんだこれは。
足の踏みどころが5センチもない崖を、伝って移動するのである。しかも、崖が延々と続き、地上が見えないのである。高所恐怖症の人間ではないとはいえ、怖すぎる。
「え、もう戻りたいです」
「今からはもう無理だよ」
「自分でやるって決めたんでしょー?」
ドクターが追い打ちをかけてくる。
まだ、1メートルぐらいしか降下していないなのに、もはや戻ることは不可能であった。
足を踏み外したら、死ぬやつやん。実際は落ちても死なない設定になっているのだが、脳が死という最悪のケースを想像してしまっている。私の呼吸は自分でも引くぐらいに荒く、足もガクガクと震えた。自分の命を支えるのは、このロープ1本。このロープを離したら死ぬ、と脳は思い込んでいた。
「過呼吸になっているから落ち着いてー」
とドクターによる冷静な診断が下される。しかし、この状況で、しかも美容ドクターなのだ。お医者様への助けを求められそうにない。
私はブチギレていた。
軽々しく申し込んじゃえ、と思った2週間前の自分をグーで殴りたい。
怒りの矛先は、関係のない人へも及んでいた。
あんな笑顔の写真なんか詐欺じゃないか!こんな死の恐怖があるのに、笑顔で楽しいなんて嘘だろ。初心者に勧めるべきじゃないだろう、うんぬんかんぬん。
スマホ失踪ポイント
「この辺がスマホを一番落としやすいポイントなんだよねえ」
そりゃそうだ。こんなところで、スマホを落としたら拾える可能性はほぼゼロである。しかし、そんな忠告を無視して、ドクターは自分のスマホで、セルフィー活動に勤しんでいる。
宿泊するロッジがはるか先に見える。この崖をさらに下っていくのだ
こうしたことを考慮してか、ヴィアフェラータではガイドがカメラマンを務めることが慣例になっている。撮影した写真は、後ほど参加者に共有される。これは2つの点においてありがたい。
1つ目は、私のように恐怖に支配されている人間は、写真などとる余裕がないため。2つ目に、自分のスマホを持たずに済むため、スマホを落とす可能性がないということだ。
私が勝手に生と死の間を彷徨っている間、お構いなしにガイドが、話を振ってくる。
「日本ではどんなアニメとか漫画が人気なの?」
魂が半分抜けている私は、そんな余裕はねえ!と会話から早々に離脱。ドクターに相手役を任せた。
「うーん、呪術廻戦とか?」
「コナンはどうなの?」
「あー、コナンは日本で最も長く続いている漫画の1つだねえ」
おいおい、ドクターでも呪術廻戦とか読むんかい。
ほのぼのとした会話が繰り広げられる中、私は一刻も早くこのアクティビティを終わらせたる!ということで、鬼の形相で進んでいた。その様子にガイドは
「なんかすごい手捌きが早くなってるねえ」
などとのんきな感想を述べた。こちとら、必死なのである。恐怖でもたついていては、ドクターに迷惑がかかるわけだし。生き残るには、早くこのアクティビティを始末する他ないのである。
鬼の形相で進んでいる最中。この辺になると足場があるので精神的に少し落ち着いてくる
死の恐怖から生還
キナバル山のヴィアフェラータの恐怖のピークは、始まりにある。地上に次第に近づくにつれ、この距離なら落ちても大丈夫だろ、という目視確認ができてからは、死の恐怖も少し遠のいた。
地上が見えればこっちのもんである。もはや世界で一番高い場所にある、吊り橋など怖くはない。
魂が正常に戻っている状態
写真を撮りれているガイドによるこなれたショット。世界で一番高いところにある吊り橋らしい。
なんでこんなコースを選んでしまったのだろうと後悔しながら下っている
人間の慣れというのは本当に恐ろしいものである。いや、死の恐怖を味わってからの生還に、向かう所敵なといったところだろうか。
「写真撮るから、こっち向いて〜」
というガイドに対しても、マリア様の如く微笑みを投げかけることすら、容易である。死の淵に立っているときは、冗談じゃねえ!と写真NGを出していたのが、嘘のようである。
そう。これがヴィアフェラータのからくりである。死の恐怖から解放された人間が放つ、清々しい笑顔。それを捉えた写真だけが、世には出回っているのである。
写真と実際は違う!そう強く感じた。写真だけでは伝わらない、恐ろしい崖っぷり。死ぬかもしれないという恐怖。写真はそうした現実をすべて排除している。
もう無理!途中で脱落
ようやく恐怖の崖パートが終わったかと思えば、今度はジャングルトレッキングである。しかも、キナバル山の通常ルートとは違い、ほとんど整備されていない。ツルツルと滑る岩場や、倒木した木の上をずんずんと進んでいく。あまりにも、ジャングルそのものなので、頭をぶつけまくる(ただしヘルメットをかぶっているので害はない)。
もはや楽しい登山ではなくて、軍事訓練と化している。
ジャングルを抜けて、これでもう帰れると思いきや、まだアクティビティが残っているという。最後の訓練項目は、これまたツルツルと滑る(おそらく雨季のため)岩場を一直線に駆け上がるというものである。
SASUKEか。
どんなもんかいな、ということで1メートルぐらい登ってみたが、気づいた。
あ、これあかんやつだ。これをやったら下山する体力が尽きる。
ロープ1本でここを登るなんて、もう無理です
しかし、先ほどとは違いここは慈愛に満ち溢れていた。私のような輩がいることも想定してか、登るのではなく、ショートカットで下山する道が用意されていたのである。
というわけで、登っていくドクターの背中を見送り、早々に下山することにした。とはいえ、この下山も相当にしんどいものである。整備された道ではなく、岩に垂れ下がるロープを掴みながら、レンジャー隊のごとく、降りていく。
下山するのも地獄だ。
ようやくロッジの近くに辿り着くと、ペシャンコになった掘立て小屋があった。2015年に発生した、地震の影響で倒壊したのだという。ちなみに、この地震により日本人を含む18人の登山者がキナバル山で亡くなっている。
というわけで、登頂から4時間後、頂上への出発から7時間後、ようやくロッジへと舞い戻ることができたのである。しかしここからが、本当の下山が待っているのだ。