マラソン練習中に貧困地区に迷い込んだ結果。サウジアラビアで走る

2020年1月末。サウジアラビアの首都リヤドにやってきた。これから2週間ほど、サウジ国内を周遊する予定だ。その間も、練習は欠かせない。

ソマリランドマラソンまでは1ヶ月を切ったところである。12月中旬に練習を開始してから、早1ヶ月。すでに10キロを走る体力はついていた。

10キロを走れるようになるまで

本格的に走り始めるようになったのは、12月末にドバイから日本に帰国してからのこと。実家から歩いて5分ほどの場所に、多摩川沿いのランニングコースがあるので、とりあえずそこで走っていた。

もちろん毎日走っていたわけではない。雨が降ったり、寒過ぎて外に出たくない!という日もあったので、とりあえず3日に1回走ればOKという、ゆるゆる戦法であった。

10キロ走るのには、まず1時間続けて走る体力が必要になる。けれども、5分も走れない人間が、いきなり1時間を走るのは無理だ。

とりあえず亀のようにノロくてもいいから、走る時間を延ばしていく。初めは10分だったのを、次の日は20分、30分と少しずつ時間を延ばしていく。

この方法ならば、今日は昨日よりも10分長く走るだけでいい、と思うだけなので、気が楽である。これを積み重ねていくと、あら不思議。数週間で10キロを走る体力がつくのだ。

うお!すげえ!

我ながら感動である。数週間前は、5分も走れなかったのに今では1時間走れるぞ。人体の不思議に震えた。

異国で走るということ

このように日本では、自分のペースで練習ができた。とにかく、走ればよかったのである。しかし、旅をしながら練習をするとなると、そうもいかなくなる。

練習場所を見つけるのにも一苦労だし、国の文化や習慣によっては、自由に走れない場所もある。

首都リヤドは、砂漠地帯にある内陸部の町である。海や川沿いのいい感じのコースは期待できない。となると、公園やランニングトラックが次の候補となる。しかし、それも良さげな場所が見つからない。

公園は一応あるのだが、距離が2キロ弱と短い上に、多くの公園が24時間オープンではなく、午後から開園というものが多い。サウジアラビアを含め、アラビア半島ではよくあるタイム・スケジュールである。

アラビア半島はとにかく暑い。夏は気温が40度近くにもなる。冬の間でも日中は、日差しが強く、気温も30度前後になる。

こうした暑さを避けるため、この地で暮らす人々は、日没後から夜にかけて動き出すのである。もはや活動時間帯が歌舞伎町のホストである。

本格的なランニングトラック(というか砂漠のランニングコース)が、滞在しているホテルから車で20分ほどの場所にあった。けれども、毎日車で通うのもなあ、と思いやめた。

滞在しているホテルも安宿なので、ホテル内にジムがあるわけでもない。

その結果、お墓の周りで走ることにした。滞在先から一番近く、そこそこ距離があるのが、墓地しかなかったのである。

逮捕が怖い

場所は見つかったが、まだ試練はあった。そもそも、サウジアラビアでは、女性が走ること自体が、日本やヨーロッパなどに比べて一般的とは言えない。

そもそも数年前までは、サウジでは女性が一人で、ウロウロ外出することなどあってはならないことだった。外出する際には、必ず夫や父親などの許可が必要だった。外出することすら、ままならないのに、一人で走るなんて・・・もはや無理ゲーである。

服装規定もある。今でこそ、外国人観光客は、髪をスカーフで覆ったり、アバヤと呼ばれる黒いロングワンピを着る必要は無くなった。

けれども、肌が露出する服や、体の線が出るものはいまだNGとなっている。この服装規定に違反すれば、逮捕や勾留といったお仕置きも待っているのだ。

走るときには、なるべく軽装が好ましい。リヤドの冬の朝はやや肌寒いが、日中にかけては30度近くになる。けれども、ランニングスパッツと短パンに、半袖Tシャツでリヤドの町を走ろうもんなら、服装規定違反により、逮捕されるかもしれん。

逮捕だなんて大げさな、と思うだろう。けれども、日本の当たり前は通用しない。何が起こるかが分からないのが、異国である。

逮捕という恐怖にかられ、完全武装することになった結果、ヒジャーブとアバヤで完全武装することにした。アバヤの下には、いつものランニングウェアである。これなら逮捕されることはねい。安心だ。

サウジでのランニング格好
サウジランの服装。逮捕を恐れた結果、なぜかこうなってしまった

日本でこんな格好で走ったら、変質者である。石を投げられるかもしれない。けれども、ここリヤドの町で走るには、これがしっくりとくる正装なのであった。

走るまでに、こんなに疲れるとは・・・

思わぬ妨害者の出現

いざ、墓地へ行かん。しかし、ここでも試練が待ち受けているのであった。墓地は、車や人の往来が激しいメイン通りから離れて、人気が少ない場所にあった。

墓地の周りは2メートルほどの壁に囲まれており、中の様子は見ることはできない。入り口付近を除けば、墓地とはわからない作りになっている。墓地をぐるりと1周すると5キロほどになる。

墓地の周りを走り始めて5分もしないうちに、異様な雰囲気に気づいた。

げっ

ここ、貧困地区やん・・・

墓地を取り囲むように家が建っているのだが、どう見てもボロいのである。ソマリアの廃墟みたく、半壊している家もある。家の前には、粗大ゴミ置き場にありそうな壊れたソファが、並んでいる。

週末の朝早くだというのに、住民たちはすでに手持ち無沙汰のようで、家の前の道路に繰り出し、じっとたたずんでいる。

多くの人は、ただ遠巻きに異邦人が走るのを見ているだけだった。こちらとしても、襲撃されては困るので、住民とは一定の距離を保ちながら走ることにした。

このまま何事もなく走れれば・・・と思った矢先のことである。

「おい娘!何やっとんじゃ、ワレ!」

ひえっ!?

ボロ屋の前にたたずんでいた、女性に大声で呼びかけられた。

そもそも、明らかにランニングしている人間を呼び止める人間など、どこにいようか。

そのままスルーしたら、事態が深刻化すると察知したので、しょうがなく招集に応じることにした。女性が発した言葉は、よくわからなかったが、要約すると「何で走ってんねん」ということであった。

のちに何度も遭遇するのだが、それは健康や体力維持ために、ランニングをするという概念が存在しない世界であった。

その日は結局、墓地の周りを1周して、5キロほど走った。けれども、思わぬ妨害者の出現と、町中で走ることのハードルを感じて、それ以降リヤドで走ることを断念したのである。

リヤドを離れた後は、サウジ東部の町ダンマンの海沿いを走り、ジェッダの閑静な住宅街で無難に走った。いずれも、ランニングしている人を見かけることはなかったが、人気は少なく走っていても文句を言われないので、快適なランであった。

ダンマンの海沿いコース
ダンマンの海沿いロード。こういうのを探していた。

旅行をしていると、走る時間を毎日作るのも大変になってくる。走るのは、結構時間がかかるのだ。10キロであれば、走るのに1時間。それに準備や練習後のシャワーや、ウェアの洗濯まで含めると、2時間ほどはかかる。

無職のくせに「時間を取るのが大変・・・」などというのは、自分でもクソ生意気だと思う。

けれども、旅行をしているので、あちこちにも行かなければならない。移動で1日潰れる日もあるし、暑い日差しを避けて走ろうと思ったら、だいたい早朝しかない(サウジの治安は良いが、それでも日没以降は走らないポリシー)。そんなわけで、2週間のサウジ滞在のうち走れたのは、5回だけだった。

20代後半から海外で生活。ドバイで5年暮らした後、イスラーム圏を2年に渡り旅する。その後マレーシアで生活。大学では社会科学を専攻。イスラエル・パレスチナの大学に留学し、ジャーナリズム、国際政治を学ぶ。読売新聞ニューヨーク支局でインターンを行った後、10年以上に渡りWPPやHavasなどの外資系広告代理店を通じて、マーケティング業界に携わる。

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