ハラールの町を歩くと、必ず視界に入ってくるのが、茎がついた葉っぱの束を大量に抱えて歩く人々だ。まるでゾンビのごとく、みな大量の葉っぱを抱えてどこかへ向かっている。
覚醒する葉っぱとは?
葉っぱの正体は、覚醒植物と言われるカート。イエメン、エチオピア、ソマリアを中心に”嗜好品”として広まっている。
カートは英語だが、エチオピアではアラハム語の「チャット」で通っている。ケニアでもカートは栽培されており、こちらは「ミロ」と呼ばれている。
葉っぱを噛むことで、頭が冴えて勉強や仕事に集中できたり、疲れがとれたり、食欲を抑えることができるというのである。現地では、試験前の学生や受験生なども、最後の追い込みで使うらしい。
覚醒植物カート。神棚に飾る葉っぱのようでもある。和名はアラビアチャノキ。
噛むと覚醒する葉っぱ。どう見てもヤクブーツ(”ヤクブーツはやめろ”のイントネーションで読む)くさい。食欲がなくなって痩せるとか、疲れが取れるとか、どう考えてもヤクブーツの謳い文句である。
実際に、”ヤクブーツ”として規制している国も多くある。イギリスもその1つ。
イギリスはカート生産国以外で、もっともカートが消費される国だった。カートを消費していたのは、エチオピア、イエメン、ソマリアからの移民に加え、こうした国でカートをやっていたイギリス人たちである。
1990年になるとソマリアの内戦が激化。大量のソマリア移民や難民がイギリスに押し寄せるにつれ、カートの輸入量も増えた。しかし、覚せい剤に使われる化学物質が含まれていることがわかり、イギリスは2014年カートを輸入禁止植物に指定したのである。
カート天国なハラール
カートは、イエメンやソマリアで親しまれているイメージが強い。しかし、ここハラールのカート浸透率は、イエメンやソマリアなんぞ比ではないのである。カート天国、いやカートの聖地ともいうべきかもしれない。
男も女もキッズも、ヤギも皆カートなのである。
購入したカートを嬉しそうに見せてくる通行人。ハラールの人々の手にあるのは、カバンではなくこうしたカート袋である。
カート袋を持ち歩く女性
ベビーの手にもカート
落ちたカートを食べるヤギ
おわかりいただけただろうか。
町中がカートだらけなのである。ゆえに、本来ならカートをやるはずのないベビーやヤギにまでも、カートの手が忍び寄っているのだ。
路上ではカート売りの女たちがずらりと並び、商売に勤しんでいる。世界遺産の横でも、カートマーケットが展開され、白昼から堂々とブツの商売が行われているのである。
ハラールのカート売り場。商品のカートが道端で無残に捨てられているのもしばしば。
大量のカートが売買されるため、道端にはカートの葉っぱがあちこちに落ちている。色とりどりの落ち葉は見ていて心安らぐものだが、カート落ち葉を見るのは、何とも言えない。
イエメンやソマリアでカートといえば、昼の暑い時間帯や、リーマンたちが居酒屋にしけ込む時間帯にカート・パーティーと称して行われるようだが、カートの本場ハラールは違う。
カートをやるのは、朝、昼、晩の1日3回。現代人でも1日3食とる人は珍しいというのに、ハラールの人々はきっちりと1日3回カートをやるのである。
朝に噛むカートは現地の言葉で、「イジャバナ」、通称”目覚めのカート”。昼カートは「バルチャ」で、仕事の休憩中にやるので”休憩カート”。夜カートは「イジャチュファ」、お眠りカートといった意味である。
ブレックファースト、ランチ、ディナーといったように、時間帯によって同じカートでも違うネーミングがあるのだ。
もちろん、皆が1日3回やるとはいえないが、こうした名称があるあたり、ここでのデフォルトは1日3回といえそうだ。
エチオピアでは、一人当たり平均で400グラムのカートを1日で消費する。日本で売られている水菜に換算すると、1日2束の水菜を食べていることになる。
カネのなる木
そもそも、ハラールはいかにしてカート天国になったのか。その理由がハラールから車で20分ほどのアワダイと呼ばれる町にある。ここには、国内最大級のカートマーケットが存在する。
アワダイのマーケット。どこを見てもカートだらけ。
このマーケットから、隣国のジブチやソマリランドへとカートが運ばれていくのだ。ジブチやソマリランド人たちも、このエチオピアのカートに世話になっているのである。
しかし、他の国ではヤクブーツ指定されているカートだというのに、エチオピア政府はなぜカートを規制しないのか。
その理由はもちろん、マネーである。
アワダイの大手カート業者の中には、1日で約1,000万円の関税を政府に納めている業者もいるという。もちろんこれだけの関税を払っても、業者にはそれ以上の利益が残る。
はたから見れば、その辺の木からとってきた葉っぱである。正直、そんなもんに価値があるのかね?とこちらは思ってしまう。
しかし、これは覚醒できるスペシャルな葉っぱなのである。カートにたかるハラールの市民が、まさにその証拠だ。
葉っぱのクオリティにもよるが、カートはいいものだと60ブルほどかかる。日本円にして約200円。現地の物価を考えれば、かなり高額である。
けれども、喫煙者と同じくタバコが1箱600円になろうが、カートがいかに高かろうが、やりたい人は買うのである。
コーヒーよりも儲かるからといって、コーヒー農家がカート農家へ転じるケースも多くあるのだという。現在、ハラールにある農地の70%が、カート栽培にあてられているという。
ハラールのカート畑。カートは高地でしか栽培できない。年に1回しか収穫できないコーヒーと違い、カートは年に3~5回収穫ができる上、1キロあたりの単価も高い。農家にとってはまさに金のなる木だ。
ゆえに、公式では伝えられていないが、コーヒーよりもカートがエチオピアの輸出額を上回っているのでは、という見方もある。
イスラーム教の聖地を探しにハラールへやってきたが、まさか覚醒植物の聖地を発見してしまうとは。