理想と現実が大きく違うことはよくある。それは世界遺産であっても例外ではない。
一体誰が想像できただろうか。売春婦やヤク中がうろうろしている世界遺産が存在することを。
カラフルなイスラーム教第4の聖地を求めてやってきたつもりが、そこに広がっていたのはまさかの暗黒空間なのであった。
乙女がときめくうっとり空間?
正直訪れる前は、ハラールに結構な期待をしていた。
ハラールが世界遺産であることはどうでもいいのだが、何せイスラーム教の聖地と噂される場所である。そして、ジモティーの大半がムスリム。
一体、アフリカのムスリムたちは、どんな感じなのだろう。興味津々である。
さらにおまけとして、城壁都市にある建物の壁は、カラフルな色で塗られ、モロッコの青い街シャウエンさながら!乙女がときめきそうなうっとり空間!などと、メディアでは取り上げられている。
カラフルなアフリカの城壁都市。そして、モスクがあふれるアフリカのイスラームの町。なんともロマンチックな響きである。
が!
待ち受けていたのは、うっとりカラフル空間とはほど遠い、暗黒空間なのであった。
凶暴な城壁都市のジモティー
まず、ビビったのが城壁都市に住む人々の凶暴性の高さである。
城壁都市に入るやなり飛び込んできたのは、異国感あふれる光景。エルサレムの旧市街を思わせるような狭い路地では、カラフルな布をまとった女性たちが、スパイスや野菜、イタリア風のパンなどを売っている。
世界遺産に登録され、観光客も多く訪れる場所になっているが、眼前に広がるのはジモティーの日常生活である。
城壁都市内の路地で商売をするジモティー
観光客としては、つい写真におさめたくなる。そこで、サッとカメラを構えると、飛んできたのは怒号だった。決して、特定の人に寄った写真を取ろうとしたのではない。道行く人の流れを撮ろうとしただけである。
ひえっ!?
これを皮切りに、どんなに遠くであってもカメラを向ける度に、「おいテメー、何やってんだよ?」みたいな女ヤンキーがキレたような怒号を浴びせられるのであった。
なるべく人を写さないで、料理の写真を撮ろうとした時でも、写真にまったく映っていないのに、近くにいた女性にブチギレられた。
女警官だったのだが、殴りかかってきそうな勢いだったので、周りの人々がとめに入る事態にまで発展した。不思議なのは、怒るジモティーの半分以上が女性だということである。
なんと好戦的なジモティーなのか。
カメラを構えるだけで、こんだけブチギレられた場所は初めてである。中東でも、こんなことはなかった。
野良ねこを可愛がっていたのに、何が気に障ったのかわからないが、いきなりブチ切れられて、ひっかかれた時の気分である。
同行していたガイド曰く、外国人は我々の写真を撮って金儲けしている!とジモティーは考えているらしい。
また、ジモティーが過激化したのは、ここ最近のことで、一説には写真を撮る観光客があまりにも無礼なため、ジモティーもあのような態度になったのだと言う説もある。
ここ世界遺産ですよね?
面を食らったのは、ジモティーの凶暴性だけではなかった。世界遺産だというのに、町がゴミだらけなのである。
入り組んだ狭い路地には、大量の空になったペットボトル、動物の生皮、犬やヤギのウンコ、ゴミなどなどが散らばっている。
ひどい場所は、汚水がトッピングされて、ゴミの池溜まりになっている。城壁の外には、大量のゴミが積み重なっていた。もはやゴミ処理場である。
城壁の外に放置されている大量のゴミ。住民が飼っているヤギがあさっている。
ここ本当に世界遺産・・・?ゴミ屋敷じゃなくて?
つい本音が出てしまった。しかし、現場を歩いていたら、この汚染レベルはスルーできない。
防空壕バーで40度の地酒をいただく
ハラールはムスリムが多い街なのだが、酒も売っているし、バーもある。
もちろんバーといっても、日本人がイメージするようなおしゃれバーではない。電気もついていない薄暗い建物内に、木で作られた長椅子が置いてあるだけである。防空壕のような雰囲気である。
何気に入ったバーでは、まだ朝の9時だというのに、7人ほどのおっさんたちがすでに一杯やっていた。
ここは赤羽か。
しかし、「朝っぱらからやっちゃいますか〜うひひひ」という陽気な空気ではない。防空壕バーだからなのか、客もしっぽりと飲んでいる。
彼らが飲んでいるのは、「アラケ」と呼ばれる度数40度の地酒である。お酒は1杯7ブル(約25円)。
蒸留酒「アラケ」。米から作られている。お酒を飲むのは、エチオピア北部の出身者が多いのだとか。
ハラールビールもある。城壁都市のショアゲートが目印。
お酒があるのは、それほど驚くことでもない。イスラーム教で原則としてお酒は禁止されているが、酩酊しない程度なら飲んでもいいと解釈する一派もいるし、お酒を飲むムスリムもいる。
イスラームの聖地に売春宿?
凶暴なジモティー、大量のゴミ、お酒。聖地を名乗る城壁都市での驚きは、これだけにとどまらなかった。
何とこの”聖地”には、売春宿が存在した。その売春宿は、はたから見ただけではわからない。当たり前だが”売春宿です!”などという看板はない。
ハラールにある売春宿
ドアをくぐると、広い庭のようなオープンスペースに、2階建の建物。アパートのように部屋がいくつか並んでいる。バーも併設していた。
料金は交渉制で、ガイドによれば、夜になると近くに通りでは、立ちんぼの列ができるという。
ヤク中に絡まれる
売春宿と同じく、びびったのが、町中で出会ったヤク中と見えたる人々である。
ハラールの町から車で20分ほどの場所に、アワダイ(Awaday)と呼ばれる場所がある。そこには覚醒植物カートのマーケットが存在する。規模はエチオピア国内最大だ。
カートというのは、見た目は木の葉っぱ。イエメン、ソマリア、エチオピアでは、”嗜好品”としてジモティーたちが愛用している。一方で、”薬物”として規制している国も多くある。
ひたすら葉っぱを噛んでいると、頭が冴えて勉強に集中できたり、多幸感を味わえたり、次々と素晴らしいアイデアが浮かぶ、という効果がウリである。
かなり中毒性があるらしく、国によってはヤクブーツ( “ヤクブーツはやめろ”のイントネーションで読む)指定しているところもある。
カートを売る女性たち。カート売りはもっぱら女性。
私も以前にソマリアやイエメンで、何度かカートに挑戦したのだが、いずれも効果を得ることができなかったので、実際の効果については何とも言えない。
実際のところが気になる人は、高野秀行氏の著「謎の独立国家ソマリランド」に詳しい。ソマリアで”カート中毒”になったという氏の記録は貴重だ。
ハラールは、そんなアワダイに近いせいか、常習している人間の数も半端なく多い。イエメンやソマリアなんぞ全く比ではない。
男性だけでなく、女性やキッズまで、その手には覚醒植物が握られていた。常習者の多さを物語るのは、道端の人々だけではない。ハラールの地面に散らばる、カートの葉っぱの多さもまた同様だ。
それは”聖地”であるはずの、城壁都市内でも同じであった。道を歩いていると、突然男が絡んできた。男は尋常な様子ではない。
「なあ、頼むよ。マジでお金がいるんだって。10ブル(30円ぐらい)ぐらいいいじゃん。くれよ」
新橋の酔っ払いリーマンと五分五分な絡み方である。
絡まれたのは、私ではなく隣にいたジモティーガイドだった。ガイド曰く、知り合いだそうで、カートを買うための金が必要だったらしい。
光と闇の世界遺産
売春、大量のゴミ、覚醒植物、朝から酒。ハラール・ジュゴルは、イスラームの聖地とは程遠い場所であった。むしろ、スラム街のような退廃感すら漂わせている。
聖地の要素なんて1つもない。イスラーム教第4の聖地なんてのは、まったくのガセだった。楽しく飲みたいのに、ぼったくりバーにきたような憂鬱な気分である。
確かに、上だけをみて歩けばそこはメディアが取り上げるような、美しいカラフルな建物が所狭しと並んでいた。美しい”光”の部分である。
一方で、この光を引きずり込むような “闇”が、足元には広がっている。
貧しい人々の暮らし。金のために売春する女性たち。覚醒植物で回る地元経済。敵対的なジモティー。その攻撃的な姿勢は、己の生活の余裕のなさを示しているようにも見えた。
多くのメディアは、この光の部分だけをすくい上げて、闇の部分を切り取っている。
それにしてもである。
売春宿があり、ヤク中に絡まれる世界遺産など、他にあるのだろうか。あなおそろしや。
うっとり乙女のカラフル空間に来たつもりだったが、そこはアングラな世界。手のほどこしようがない貧困が、人々と世界遺産の品格を引きずり下ろしているようでもあった。