母を楽にさせたい。母親のために走るエチオピア青年との出会い

前回はすっかりハラールのラン事情におののいてしまったが、エチオピアは曲がりにもマラソン強豪国である。

エチオピアで最も有名なマラソンランナーといえば、アベベ・ビキラだろう。この名を聞いたのは、ハラールで食事をしていた時のことだ。

料理をしている青年が声をかけてきた。私が日本からやってきて、ソマリランドマラソンのために、走る練習をしているという話をすると、青年もまた走っていると言う。

しかも、私のような能天気ランナーではなく、賞金を稼いで母親を楽にさせるため、と言う素晴らしい目的のもと走っている男だった。


ハラールの食事処。料理を作っているのが青年の母ちゃん

エチオピ人が走る目的。それは、ほとんどの場合、彼のようにお金を稼ぐことなのだろう。何せ、走ることはタダである。特別な道具や場所も必要ない。思い立ったらすぐに、実行することができる。

吝嗇な私が走ることを始めたのも、こうした理由である。よって、いかに流行っているとか、カッコいいからといって、私がYOGAや筋トレなどをすることは、今後もないだろう。

私がみる限り、エチオピアと言う国は非常に貧しい国だった。恐ろしいほどの貧困である。イラクやサウジでもそこそこの貧困はあったが、それとはまたわけが違う。

それは単に生まれた家庭が貧しかったとか、教育をちゃんと受けれなかったとか言うレベルではない。国が十分なインフラを提供できない、国が国民を支えてやれない、と言う絶望的な状況である。

東アフリカを旅行中に何度も思った。なぜアフリカは貧しいのか。この貧しさはどこからやってきたのか。貧困は、どこからやってきたのか分からない、得体の知れない恐怖であった。

そんな状況において、個人がいくら努力しても、這い上がるのは難しいことである。だからこそ、彼らにとって走ることは、一発逆転のチャンスなのだろう。

幸いにも現在の日本で、母親を楽にさせるためだとか、お金を稼ぐために走る人は、ほぼいないだろう。ほとんどの日本人が走るのは、体力維持や健康のためだ。

冒頭の男性ランナーは、しきりにアベベについて語った。なんていったって、ローマオリンピックのマラソンでは、裸足で走って金メダル。1964年の東京オリンピックでも金メダルを獲得したと言う、伝説のランナーなのだ。

誰もがアベベの走りにビビったに違いない。

アベベがすごいのは、それだけではない。東京オリンピック後、アベベは自動車事故で下半身不随になり、走れない体となってしまう。それでもその後に開かれた、パラリンピックの先駆けとなった国際ストークマンデビル競技大会で、卓球やアーチェリーといった種目に参加している。

エチオピアに初めての金メダルをもたらしたアベベは、その後41歳と言う若さで亡くなる。

アベベと同時代に走った、もう一人の悲劇のランナーがいる。それが、1964年の東京オリンピックマラソンで、銅メダルを獲得した日本人ランナー、円谷幸吉である。

彼は銅メダルを獲得したものの、国民や国は、次のメキシコオリンピックでの金メダルをのぞんだ。円谷はそんなプレッシャーに耐えかね、走れない体となり、終いには自らの命を絶ってしまう。

結婚も控えていたらしいが、金メダルを取るために練習に集中させねば、と言う周りの重圧により、破談になってしまったらしい。

今はそれほどでもないが、それでもオリンピックのたびに、金メダルの目標数を掲げるあたり、現代の日本もまた、選手にマイルドなプレッシャーを与えているように思う。

ハラールで走っていると、こんなこともあった。魑魅魍魎がうようよしているスタジアムで走っていると、どこからともなく、「イチ、ニ、サン、シ」と日本語が聞こえてくる。

まさかこんなところで、日本語が・・・?

声がするスタジアム席の上方へを登ってみると、小さな部屋があった。部屋のドアを開けると、そこにいたのは、空手をしているエチオピアのヤングたちだった。話を聞くと、講師である男性は、エチオピアで琉球空手を学んだという。

2畳ほどの小さな小部屋に、4人ほどの生徒が並び、全力で形を練習している。決して恵まれた練習環境ではないが、それでも日本のスポーツを一生懸命練習する生徒の姿が、印象的だった。


限られた練習スペースでも全力で練習する生徒たち

貧しい国でスポーツをすることは、日本のそれよりも、大きな意味があると思う。そもそも、スポーツなんてしたところで、稼ぎに直結するわけではない。

けれども、それを怠れば、仕事や稼ぎがなくて、犯罪にはしったり、何もかもあきらめてホームレスや貧困状態に甘んじてしまうこともある。

けれどもスポーツをすることによって、一種の爽快感ややりがい、向上心を得ることができる。犯罪や社会的な堕落から少なくとも距離を取ることができるはずだ。

なんだか大風呂敷を広げすぎたような気もするが、エチオピアを走りながらそんなことを考えた。

おすすめマンガ

テルマエ・ロマエの作者が送る、走ることのヒストリーマンガ。マラソン発祥の地である古代ギリシャと1964年のオリンピックが開かれた東京を結ぶ、時空を超える不思議な物語。

20代後半から海外で生活。ドバイで5年暮らした後、イスラーム圏を2年に渡り旅する。その後マレーシアで生活。大学では社会科学を専攻。イスラエル・パレスチナの大学に留学し、ジャーナリズム、国際政治を学ぶ。読売新聞ニューヨーク支局でインターンを行った後、10年以上に渡りWPPやHavasなどの外資系広告代理店を通じて、マーケティング業界に携わる。

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