ネットが普及し世界中のどこにいても世界とつながることができる時代になったというのに、テレビやネットから自ら距離を置く人々がいる。
それは決してアマゾンの源流に住む原住民の話ではない。彼らの正体は数多くのスタートアップを輩出し、近年ではスタートアップ国家とまで呼ばれるイスラエルにいるユダヤ教超正統派と呼ばれる人々だ。
ネットもテレビも見たことがない人間がいかにしてセックスを学ぶのか
その国を旅したことがあるものなら必ず彼らの正体に首をかしげずにはいられない。頭のてっぺんからつま先まで真っ黒にそしてシックに決めたあの不思議な集団は一体なんなのだろう。彼らこそがユダヤ教の中でも特に厳しい戒律を守りながらユダヤ教を信仰する人々なのである。
格好もさることながら彼らの生活形態は不思議に満ち溢れている。戒律を守るためユダヤ教の教え以外は一切受け入れない。そのストイックな姿勢により、ネットやテレビに一切触れないという習慣が確立している。
スタートアップ国家だと言われているのに、イスラエル国内のネットの普及率が2015年時点で79%にとどまっている(日本は93%)のは、ネットの使用を拒む超正統派のユダヤ教徒たちによるものではないかとさえ勘ぐってしまう。
そんな不思議な生活を送る彼らに魅せられ、時には彼らに紛れて、また時には異国から彼らをファンとして見守り続けてきた。しかし、ファンとしてまだ彼らのすべてを網羅できているわけではない。彼らの性生活もその1つである。
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私にとって彼らはアイドルみたいなものなので、アイドルの性生活を直接本人たちに聞くのはファンとしては恐れ多いものがある。それと同様にユダヤ教ではセックス自体は決してネガティブに取られていないが、公の場でおおっぴらに語ることがタブー視されている。けれども、イスラエルで出会った超正統派の女性のこの発言に食いつかずにはいられなかった。
「あたいらは結婚前には結婚講習というものを受けるのよ。その講習でセックスの仕方を学ぶんだわさ」
なんと?結婚講習なるものがある?
まるで自動車の免許と同じシステムではないか。車を安全に乗るために、「車に乗るとはいかなることか」を我々は座学で学ぶ。それと同様に超正統派たちも、安全な結婚生活を送るために、「結婚をすることはいかなることか」、「夫婦としてセックスとどう向き合うか」ということを、「ラビ」と呼ばれるユダヤ教の教えを説く先生から教えを請うのだ。
ここがポイントで、ユダヤ教の先生だからこそユダヤ教に則った結婚への考え方、振る舞いをきちんと受講することができるのである。
わざわざセックス指導まで請うというこというのは何事か。今やネットが普及している世の中では、わざわざ対面で講習なんぞ受けなくてもみな各々ネットや友人たちを介して自主勉を行い、実践に励むわけである。
一方で正統派たちはテレビはおろか、ネットへのアクセスを持たない。つまりそれは、ポルノグラフィーはおろか、男女が恋愛する映画やドラマすらも見る機会がないということである。
異性と視線すらも合わせてはいけない!異性が苦手な人間を量産するストイックな暮らし
正統派たちは、男女別々で教育を受けるため学生時代はほとんど異性との交流がない。さらには、日常生活において家族、親戚以外の異性とは握手や隣に座ることさえゆるされない。実際にイスラエル国内の公共のバスの中には男女で座る場所が指定されていることもある。
きわめつけは異性とは視線すらもあわせてはいけないという。それを確かめるためにかなり気合の入った正統派の男子に声をかけてみたのだが、やはり視線すらあわせてもらえずスルーされた。アイドルにスルーされたことはかなりショックだが、逆にそれだけストイックに生きる彼らにファンとしては感心したものである。さすが私が見込んだだけある。
しかしこんな暮らしをしていては、異性に対して挙動不審になる男女を量産するだけなのではないかと思う時もある。
視線レベルから異性との交流を排除し、ストイックに生きるのが正統派の姿なのだ。そんな彼らが初舞台に立つのは結婚を迎えてからである。
これまで一切異性との交流がない男女にとっていきなりの初舞台はかなりハードルが高い。スポーツなんぞやったことのない人間が、いきなりオリンピックのカヌーの試合に出場するようなものである。
町ではアイドルとしてカリスマ性(あくまでファンの私だけが見えるものである)を身にまとっている彼らだが、初舞台のベッドの上ではどうしたらよいかわからず途方にくれる姿が容易に浮かぶ。カリスマが戸惑いたじろぐ瞬間。そのギャップに彼らのファンとしては、キュンとせずにはいられない。
イギリスBBCが紹介していた超正統派専門の夫婦カウセリングを行うセラピストによると、事前の講習を受けたにも関わらず、初舞台にてフリーズしてしまい途方にくれ、夜中にセラピストに電話をして教えを請うカップルも少なくないという。
ユダヤ教超正統派のためのセックスガイドが登場
そんな迷える超正統派たちの様子を見かねてか、先ほどの超正統派専門のセラピストにより超正統派たちに向けたセックスガイド本がめでたく出版されたのだ。本著のタイトルは、The Newlywed Guide to Physical Intimacy (English Edition)。直訳すれば、新婚さんのための身体的親密ガイド。
なんとアマゾンでKindle本として売られていた。ネットにアクセスがない正統派たちがアマゾンで買うことはないだろうが、正統派のファンにとっては非公式のファンブックに相当すると言ってもいいだろう。
本著のタイトルを見てもお分かりの通り、この本は決してセックスだけではなく夫婦関係をいかにして築くかというテーマが中心となっている。
ネットもテレビも生活に存在しない超正統派たちが学ぶセックスマニュアルとはいかなるものか。ワクワクしながら本を開いたが、進めども進めども本に書かれているのは、文字だけである。
身体を使った実践を説く本であるはずなのに、文字だけでは動作がわからないではないか。カヌーの乗り方を取得したい人間に、文字だけで説明されてもいまいちピンとこないのと同じだ。ネットや映画を見たことがない超正統派たちにいきなり図形を用いて説明するのは刺激が強すぎるという配慮なのだろうか。
本著は基本編と応用編の二部構成になっている。基本編の始めの内容は、保健の教科書レベルである。
「セックスの基本!みなさん知ってましたか!そもそも男女の体のつくりは違うのれす!」
という日本であれば小学生ですら知っている既成事実を、新婚夫婦向けのセックスガイドで堂々と語り始めるのだ。
異性の体の仕組みを知る、これが異性というものを知らない正統派にとっては出発点なのである。これは本題に入るまでかなりかかりそうだ、と予想した通り基本編では、小学校の保健的内容から、セックスとは夫婦にとって何を意味するかといった精神論で埋め尽くされていた。
「もしかしたら読者の中にはすでに論理的な予備知識がある人もいるかもしれませんが、セックスは実践あるのみなのです。練習を重ねれば重ねるほど、より心地よく感じ、お互いの喜びを分かち合えるようになるでしょう」
まるで知識だけのガリ勉を諭すような言葉である。文字だらけのセックスガイドを書いた著者の言葉ではない。実践あるのみというぐらいなら、図形の一つでも載せたらどうだ。
はじめこそ、ど初心者向けだと思われた本だが、読んでみるとキスの仕方など細かい動作について詳しく説明が書かれている。映像や画像で見るより想像を膨らませるため、しっくりと頭に入るような気がする。
禁断の袋とじの 中身は・・・?
紙の本では本書の最後に袋とじがついている。Kindle本では袋とじ仕様にできないため、
「次のページ以降は過激な描写が含まれているため、よく考えてから読み進めてください」
と読者の心構えを確認する警告がなされている。一体どんな描写なのかと警告を無視しそのまま読み進めると、そこには保健の教科書をやや発展させた男女の性器のつくり、セックスの体位についてのイラストがかかれていた。とはいえ決して生々しいものではなく、まるで珍獣人物戯画を思わせる簡素な描写だ。
このテイストで性を描写するのが超正統派流
これが超正統派にとっての袋とじレベルなのか?日本の週刊誌の袋とじならばもはや超正統派にとっては発禁レベルだろう。
本著はテクニカルなことだけではなく、女性がオーガズムを感じられない、早漏、遅漏、EDの場合はどのようにすべきかというセラピストの著者だからこそ書ける具体的な悩みを取り扱ったケーススタディまで紹介されている。
さらには体に自信が持てない時の対処法、ホモセクシュアリティとはなんなのか、ポルノグラフィーとの向き合い方など超正統派を徹底的に啓蒙していこうという意気込みが文章の各テーマから伝わってくる。
1990年代にネットが普及し、はや20年以上。ネットの普及とともにポルノグラフィーもまたたくまに個人がいつでも簡単にアクセスできるものとなった。しかし超正統派のコミュニティでは2010年代に入ってセックスガイドの本1冊なのだ。この圧倒的な差。これこそが、超正統派アイドルに魅了されてしまう理由である。