孤独の不感症。孤独を糧に生きるソリタリーの特徴と苦悩

人の性質を分類する上で内向的、外交的といった分類は、従来からよく使われている。

中でも、”ぼっち”を学術的に表現した言葉として、「ソリタリー」という言葉が注目を集めるようになった。きっかけは、テレビ番組での、とある脳科学研究者の発言だ。


ソリタリーの意味とは?

ソリタリーは英語で、一人でいる状態、他者から切り離された状態を表す。英語ではよく”solitary confinement(独房)”と使われるように、他人から切り離された、一人の状態であることを意味する。決して、孤独だとか寂しいという意味は含まれていない。

知ってはいけない、恐るべしソリタリーの本質

ソリタリーについては、それほど多く資料があるわけではない。ネットで検索しても、出てくるのは、ソリタリーが注目されるきっかけとなった研究者の発言内容の引用ばかりである。

そこでソリタリーの特徴について詳しくまとめられた “The New Personality Self-Portrait”という本を元に知られざるソリタリーの特徴をまとめてみる。筆者は、精神医学を専門とするジョン・オールドハム教授だ。

もしかして自分ソリタリーかも?という人は、心して読んでいただきたい。

以下には、ソリタリーにとって絶望的とも呼べる恐ろしい記述が待っているからである。事実、ソリタリー人間を自覚する私も、恐怖のあまり1週間ばかし、人生に絶望するという副作用を発症した。

 

 

 

 

 

一応、警告はしたはずだ。

それでも気になる人は、次へおすすみあれ。

ソリタリーの3つの特徴

オールドハム教授があげるソリタリーの特徴は以下のようなものである。

1.孤独であり、他人と関わろうとしない

1人でいる状態でも十分満足しているため、友人や恋人を作りたいというモチベーションが低い。性的衝動からわざわざ人と関わるということもしない。相手がいなければそれでOK。禁欲的。

2.自立している

ソリタリーは自己完結型で、自分だけで行動したり、考えたりすることで満足する。楽しい経験をするのにわざわざ他人と関わる必要はないと考えている。

3.他人の意見や感情に左右されにくい

落ち着きがあり常に冷静。他人の批判や賞賛があっても、ある程度自分を保つことができる。悪く言えば、他人や喜びや悲しみといった感情にやや無関心。

こんなもんかと思ったアナタ。この程度で安堵してはいけない。こんなのはまだジャブ程度である。

しかし、自分がソリタリーじゃね?と思った私は、目をひん剥くことになった。

昔から、「年齢の割には落ち着いている」、「冷静に見える」、「自立してんね」、「閉じてる感じがする」などという言葉を浴びせられたが、どれもソリタリーの特徴にピッタリと当てはまっているのだ。

あな恐ろしや。

友達がいなくて”寂しい”とは無縁な人々

自分でいうのもなんだが、ソリタリーにとっては多くの人が持つ”寂しい”という感情がいまいち理解できない。友達がいなくて寂しい、クリスマスを一人で過ごすのは寂しいから恋人が欲しい、といった類である。

なぜならソリタリーにとって、一番のベストコンディションは一人でいる状態だからである。逆に言えば、他人といることで、ひどく体力と気力を消耗するのだ。

具体的にいうと、一人でいればスマホの充電は1日持つのだが、他人といると、1時間おきに20%ごと充電が減っていくような感覚である。

ただ、オールドハム教授も書いているように、人と関わることを避けるからといって人間が嫌いだというわけではない。むしろ、個々人に対してはものすごく興味があるし、ちゃんと話もする。

けれども、我々は楽しい体験をするために一緒に過ごす、とりあえず誰かと飲んで寂しさを紛らわす、といった目的では決して他者との関わりを必要としないのである。

孤独なしでは生きられない人々

ソリタリーな人間にとって、孤独は生きる糧である。むしろ孤独がないと生きていけない。はたから見れば、ソリタリーが抱える孤独は、通常の人であれば致死量に値するレベルだろう。

しかし重要なのは、ソリタリーの孤独とは、その他の人々が考える孤独とは違う。ソリタリーが孤独になる時、それはドラゴンボールでいうところのメディカルマシーンに入る状態である。社会で多くの人と接して疲れた体を、孤独というメディカルマシーンで癒すのである。

一方で、多くの人にとっては孤独とは、避けるべき嫌なもの。すなわちあくどい人造人間18号、19号の登場である。

孤独万歳!みたいなことを書いているが、オールドハム教授はこんな風に指摘している。

ソリタリーは、単純に一人でいるのが好きだから、一人でいる。寂しいだとか、現状がつまらないだとかいう状況を打開するためにわざわざ他人を必要ない。

しかし、心の奥底では、他人との深いつながりを持てない自分に引け目を感じるのも事実である。

うう。図星。そう、一人でいるのが平気であっても、周りを見ればみなそれなりに人付き合いがあったり、友達に囲まれている。そんな時、ソリタリーは自分が周りと比べて劣っているのではないか、と感じてひどく落ち込むのだ。

孤独を愛するソリタリーは社会で真っ当に働けるのか

社会とは、そして会社とは人で構成されているものである。だから、その一部になることは、人との関わりを意味する。本質的に人との関わりを避けようとする、ソリタリーの性質とは真逆のものである。

オールドハム教授は、ソリタリーに向いている仕事としては、クリエイティブ職、エンジニア職があるとした上で、ソリタリーにこうアドバイスを送る。

他人ありきの仕事は避けるべし!

ひえっ?

というか社会のほとんどは他人ありきの仕事じゃないか。自分ありきの仕事なんてありゃしない。この時点で絶望的になる。

教授がいうには、ソリタリーは会社で働いていてもそれなりに成功を収めることができる。同僚との長話や電話話に興じることなく、忠実かつ真面目に仕事をこなすからだという。

ただ、それが管理職など他人をマネージメントする仕事になると、雲行きが怪しくなる。自己完結型のソリタリーにとって、他人を動かす、結果が他人ありきという状態は、ひどく耐えがたいものがある。

本書では、あるドキュメンタリー映画監督の話が紹介されている。彼はソリタリーである。

初めての映画作品で大いに成功を収めて、次回作の話が来たのだが、どうも気が進まない。なぜなら1作目は、脚本から撮影などほぼすべて自分でこなしていたが、次回作は予算も大きく、大人数が関わることになる。

自分一人でやり通したいソリタリーにとっては、他人と協力しながら物事を進めて行くのは結構苦手なのだ。

ソリタリーはどう社会と関わるべきなのか

ソリタリーな人々は時々、どうしようもない絶望に陥る。

他人と一緒に行動するとか、友人をつくるだとか他の人が当たり前にできていることをソリタリーはできないからだ。いや、中にはできる人もいるのかもしれない。

ただ、私の場合は、頭の中ではわかっていても、遺伝子レベルでそれを拒否しようとするのだ。

教授は、ソリタリーの”リハビリ”プランとして、他人の感情をよく読み取ることを心掛けよ、とアドバイスしている。ソリタリーが対人関係で起こしやすい問題として、ソリタリーの感情表現不足をあげている。

自分ではそれなりに表現しているつもりだが、他の人から見れば十分ではない、ということらしい。

私自身も思い当たるフシがある。人づてで聞いたのだが、仲良くなりたいと思って私に話しかけてみたものの、私の方からまったく話しかけてこない。相手にすれば、私がその関係にまったく興味がない、と思い落胆したという話である。

知らないうちに人を傷つけてしまったなあと猛省した。自分としては、そんなつもりもなかった。むしろ、話しかけてくれて嬉しいなとさえ思っていたのだが・・・どうやらその感情を自分から相手に話しかけるという行動で示さなければいけなかったらしい。

プライベートはまだしも、生きていくための銭を稼ぐ仕事ともなれば、これは深刻である。ソリタリーゆえに自分は管理職に向いていないんじゃないか。精神的な病気なのではないか、とすら思えてくる。

最後にオールドハム教授はこう、優しく語りかけてくる。

ソリタリーだとしても、それを理由にキャリアを諦めないでほしい。ソリタリーであっても、別の性質が掛け合わさっていることもあるから、そちらの長所に注目して、可能性を見出してほしい、と。

ソリタリーの苦悩はまだ続きそうだ。

人付き合いは苦手。でもそれを前提にどうやって他人と関係を築くか、を教えてくれる一冊。

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