何もない町に隠された知られざる歴史秘話。ウンム・アル・クワイン首長国

ウンム・アル・クワイン首長国の情報は乏しい。

旅行者に定番の「地球の歩き方」を見ても、とりたてて特徴のない町などと紹介されている。

ガイドブックこそその町の魅力を伝えるのが、本来の責務だと思うが、自ら何もない町ですよ、といっては元も子もないだろう。

個人的には、ドバイこそたいしてみるものもないのに、あれだけ大げさに取り上げられるのはどうなのかとも思う。世の中ずいぶん不公平なものである。

週刊で発行されるドバイの情報誌、「What’s on」や「Time Out」でも、取り上げられるのは新しいレストランやフライデー・ブランチの話ばかりである。もはや8割が広告である。

とりわけオフシーズンの夏には、あまりにもネタがないためか、「フライドポテト特集」なんぞといって各レストランのフライドポテトだけを淡々と取り上げる回もあった。

フライドポテトどこに奥深さと面白さがあるのか。

企画者に問いかけたくなる企画である。

何も特徴がない・・・という町へ

あまりネタがないドバイでさえ、がんばればフライドポテト特集なんぞが出てくるものだから、何もない町とレッテルを貼られたウンム・アル・クワインだってがんばれば何か出てきそうである。

そんなわけでウンム・アル・クワイン首長国に向かった。

ドバイからウンム・アル・クワイン首長国へは、ユニオン・ステーションからバスが出ている。


ウンム・アル・クワイン&ラス・アル・ハイマ行きのバス。白い車体が目印

ただし、切手と旅する女。謎の「アラブ土侯国」の正体を追え!でも書いたようにボンビー首長国のためか独自の交通会社をもっていないらしく、ラス・アル・ハイマの交通会社が支給するバスに乗る必要がある。

ゆえに途中下車駅がウンム・アル・クワイン、最終目的地がラス・アル・ハイマとなっている。

ドバイからバスで揺られるほど1時間。


砂漠が一帯に広がる光景

運転手が「ウンム・アル・クワイン!」といえば、そこが目的地である。どやどやと人々が降りていくと、不安げな光景が広がる。

1時間前には、最新の交通網が整備された場所にいたと思えないほどの、寂寥感が漂っている。降りた場所には、バス停標識やターミナルらしきものはない。バスを降りると獲物を待ってましたといわんばかりに、タクシーの運ちゃんが取り囲む。


確かに何もない・・・


誰が獲物(乗客)をとるか相談中の運ちゃんたち

彼らがこちらに語りかけてくる言語も英語ではない。見た目からして、ウルドゥー語だろうか。2、3人の男たちによる「この獲物は俺のもんだ」談合が始まる。しかし、最終的な決定権は私にあるので、ちょっと話が通じそうな運ちゃんを選び車に乗り込む。

メーターはなく、交渉制。

この町を見て周るのには、タクシーしか方法がない。空き地という空白が多いため、歩いても面白くなさそうである。ゆえにタクシーしか選択肢がないわけだ。


空き地が目立つ


エジプトをテーマにした謎のリゾート&スパ


偶像崇拝禁止のため、顔が彫られていない・・・


田舎などに限ってこうした意味不明なオブジェを作りたがる

適当に流してくれと伝えて、連れてこられたのは「ウンム・アル・クワイン博物館」。金曜日のため午前中は閉まっている。しかし、この手の博物館はいくつも見てきたので、特に惜しくはない。


博物館前の戦車下に住んでいた猫

それよりもウンム・アル・クワインで見るべきは、この寂寥とした光景である。

ラス・アル・ハイマ首長国にある、廃村アル・ジャジラ・ハムラを思い出す。

知られざる中東のゴーストタウン、アル・ジャジラ・アル・ハムラ

アル・ジャジラ・アル・ハムラと地理的に近く、同じく海に面していることからも、真珠産業が盛んだった時代には、もっと多くの人が住んでいたのだろう。

しかし、今に至っては瓦礫や廃墟と化した建物が残されているだけである。錆びたドアのキイキイという音と、風の音だけが空白地帯を埋めている。

廃墟ついでに言えば、町から外れてラス・アル・ハイマ方面に向かう途中に、使われなくなった飛行機がそのまま放置されている場所もある。

知られざる古代オリエントの遺跡

しかし、ウンム・アル・クワイン首長国のポテンシャルはこれだけにとどまらない。実は歴史的に重要なスポットが隠れているのである。

その筆頭が、現在世界遺産に申請中の「Ed-dur」だろう。詳しい場所は地図にも載っていない。古代オリエント時代に存在したという町の一つである。石器時代からイスラームが興るまでの時代の出土品が見つかっている。

メソポタミア文明と交易していたディルムン文明が、かつてのバーレーンにあったとことを考えれば、ありえなくもない。

教科書に載っていない歴史。ディルムン文明の地を訪ねて

ただ、最近に至るまでそうした発掘調査がきちんとなされていなかったことから、近年になってどやどやと知られざる歴史が発見されるようになったのである。

位置が確認できる遺跡としては、「Tell Abraq」がある。メソポタミアや現在のオマーンに存在したというマガンとのつながりも指摘され、歴史的な重要な場所である。

しかしながら、なぜか高速道路のふもとというめちゃくちゃアクセスしづらい場所に、ぽつねんとあるのである。

UAE建国以降の「歴史作り」には余念がないこの国であるが、こうした本物の歴史への関心の低さは、寂しいところである。かつてバラバラだった部族たち地をUAE国民として、まとめ上げていくには必要なことなのだろう。

ジュゴンを食べていた紀元前の人々

さらに衝撃を与えたのが、アカブ( Akab)という島の存在。グーグルマップにも載っていないので、はっきとした場所はわらかないが、資料を見る限りではこの無名の島がそれにあたるのではないかと思う。


おそらくこの辺

実は、この場所では紀元前3,500〜3,200年前のジュゴンの骨がアラブア半島で唯一見つかっている

そして驚くことなかれ。UAEは、オーストラリアに続いて第2位のジュゴン大国なのである。

考古学者の見立てによると、当時の人々はジュゴンを食料としていただけではなく、皮革や油としても使われていたという。

ジュゴンを食べるというコンセプトにも驚きだが、時代こそ大きく異なれども鯨とジュゴンという哺乳類を食すという点で、我々との共通点を見出してしまった次第である。

もちろん今ではジュゴンを食べることはなく、アブアビ政府によってジュゴンはかいがいしく保護されている。

はたから見ればその魅力がわかりにくい場所であるが、歴史的に見れば大いに面白い場所である。掘り出せばもっといろんなものが出てきそうである。遺跡についても、もっと力を入れて整備したら面白い場所になるのになあ、と思いつつ。

ウンム・アル・クワインへの行き方

ユニオン駅のバス・ステーションから1時間おきにバスが出ている。
時刻表を確認するならMoovitというアプリがオススメ。
ドバイからはバスで1時間。料金は10ディラハム(約300円)。
ウンム・アル・クワイン市内は、公共の交通機関はない。タクシーで隣のアジマン首長国に行き、そこからバスに乗り換えるという方法もある。

20代後半から海外で生活。ドバイで5年暮らした後、イスラーム圏を2年に渡り旅する。その後マレーシアで生活。大学では社会科学を専攻。イスラエル・パレスチナの大学に留学し、ジャーナリズム、国際政治を学ぶ。読売新聞ニューヨーク支局でインターンを行った後、10年以上に渡りWPPやHavasなどの外資系広告代理店を通じて、マーケティング業界に携わる。

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