バーレーンは湾岸でもっとも貧しい国だと言われている。
バーレーンで最初に石油が発見されたのは、1932年。湾岸諸国では一番早かった。それ以来、石油収入だけに依存しない収入の多角化を行い、中東随一の金融センターとも呼ばれていた。
しかしそれも2011年までである。覚えているだろうか。チュニジアである青年が焼身自殺をしたことがきっかけとなりアラブ諸国に広がった一連の民主化運動、「アラブの春」を。
ちょうど私はその時、イスラエルに留学をしていた。隣国のエジプトでは、ムバラク政権に対する反政府デモが行われていた頃だ。隣の国のことながら、タハリール広場の人々の熱気と興奮が映像を通じて伝わってきた感覚を覚えている。
「アラブの春」は、長年アラブの国を支配してきた独裁者たちを揺るがした。そして運動の中核を担う若者たちを、民主化を歓迎する欧米メディアは美しく描いた。
けれども、あの春から何か変わったのだろうか。未だ各地で泥沼のような終わりなき殺戮が続く様子を見れば、事態はほとんど変わっていないのではないか。というのがあの当時、美しき大衆の熱に浮かされ、彼らに期待を寄せた人間の意見である。
この点に関しては、元東京新聞記者の田原牧氏による、「ジャスミンの残り香 ──「アラブの春」が変えたもの」に詳しい。本著は開高健ノンフィクション賞を受賞した作品であり、政府や権力側ではなく、一般市民の視線でアラブの春以降を描いている。
少々話がずれたので、バーレーンに戻ろう。
この「アラブの春」の風は、アラビア半島まで届いていた。
バーレーンは湾岸諸国で唯一、民主化を求める大規模なデモが発生した国である。デモ参加者は15万から30万人とも言われた。一方でこの国の人口は142万人である。反政府デモを行うシーア派住民と警察が衝突した結果、死者93人、逮捕者は3,000人近くにも及んだ。
観光地としても有名な、国内最大のモスク「アル・ファティハ・グランド・モスク」に訪れた時である。異教徒にもオープンなモスク・・・というのが売りだが、一方で違和感を感じた。

国内最大のモスクだと聞いていたので、てっきりこの国の多数派であるシーア派のモスクだと思っていたのだ。なぜスンニ派のモスクなのだろう・・・?次の瞬間、この国の実権を握っているのは少数派のスンニ派だということを思い出した。

バーレーンは、シーア派が人口の6~7割を占める国である。6~7割というあいまいな数字は、政府がその数を低く見積もることがあるので、正確な数値が分からないからである。
そして、同じイスラム教徒であれ、スンニ派とシーア派はそのモスクの内装やお祈りの仕方が少々異なる。だからモスクを見れば、スンニ派のモスクかシーア派のモスクかは一目瞭然である。
スンニ派、シーア派の違いとかよくわからないんですけど!と混乱に陥りそうな人は、とりあえずスンニ派は関東人、シーア派は関西人とおさえていただきたい。
関東人と関西人も同じ日本人ではあるが、文化や考えが少々違う。それと同じくして、シーア派やスンニ派も同じイスラム教徒であるが、イスラム教徒としての義務や礼拝の仕方が少々異なるのである。当人たちは、同じイスラム教徒だ!というが、私からすればやっぱり関西人と関東人のごとく違うのである。
バーレーンでは、国を支配する少数派のスンニ派が恩恵を受けており、多数派のシーア派たちは社会的、経済的には厳しい状況に置かれている、というのが一般的な説明である。
シーア派住民が多く住む場所では、「貧しさ」に出くわす。そうした地区の建物には、塗りつぶされたグラフィティがそこかしこにあった。

グラフィティといえば、くすぶってる連中の主張というイメージがある。パレスチナとイスラエルの間にある分離壁のグラフィティを見てきたからだろうか。そこには、権力に抑圧された人々の訴えがあるのだ。
さらに道を歩いていると突如、「私たちを殺すのをやめて!」などとシビアな叫びが英語で書かれた壁に出くわす。もはやこれは落書きではない・・・田中正造の請願書レベルである。
2011年以降、町を取り巻く雰囲気も変わったのだという。特にシーア派住民地区に近いマナーマからブダイヤにかけてのブダイヤハイウェイでは、完全武装したガチの警官が等間隔で警備にあたっていた。催涙弾を市民に向かって投げている感じの、マジの警官である。
マナーマにある洋服店の店員に聞いてみる。「2011年以降の反政府デモ以降かしらねえ。別に警官が市民に何をするってわけじゃないのよ。ただ、何事もないようにチェックしているみたい」。
店員はあっけらかんと話したが、やはり警官がそこかしこにいるのは、見張られている気分がしてあまりよろしくない。
だからと言って、それが治安の悪さや物々しさを醸し出しているわけではない。ただ、なんとなく気にはなる。
バーレーンの土地や人々は美しい。けれども、その美しさには薄く長く伸びている影がある。バーレーンの町を歩き、人々と出会うたびにその影のちらつきが気になってしょうがなかった。

