路上から見たイラクの日常。イラクで意外すぎた6つのこと

イラクというと、戦争やテロ、メソポタミア文明といった切り口で語られることが多い。

いったい、どういう人がどんな風に生活しているのか、という日常はそこから見ることはできない。

実際にイラクを歩いて意外だったことを、まとめて紹介。

石油の国なのに働くちびっ子

大人の戦争や反政府デモに気を取られがちだが、イラクには、働くちびっ子も多くいた。

バグダッドのホテル近くにある、レストランで夕食を食べていた時。ガムやら飴なんかが入った箱を持ったちびっ子が「いらんかね?」と、近寄ってきた。

多摩川あたりで、少年野球団に所属していそうなちびっ子である。

その時の衝撃といったら・・・

ドバイのような場所に住んでいるからだろうか。ドバイから飛行機でたった3時間の場所にあるバグダッド。

同じアラブ諸国であり、イラクは石油の埋蔵量が世界第2位と言われた時代もあった。それが今やこの落差である。

イラクで働くちびっ子
路上の油売りを手伝うちびっ子。ナジャフにて

バグダッドから、シーア派が多い南部へ下ると、それは余計に顕著になった。この辺については、下記にも書いた。

イラクの深夜食堂。イラクの路上でケバブを食らう

どこでもワンコ

犬好きの私としては、嬉しいことこの上ない。イラクはイスラーム教の国ではあるが、ワンコがそこかしこにいた。

流石にこんなところにはおらんでしょ?というところにも、ワンコはちゃっかりいた。「イラクで発見!こんなところにワンコ」である。

人間のいるところに、ワンコありである。

バグダッドわんこ
バグダッドでゴミをチェックしていた犬

遺跡とワンコ
遺跡スポットにはだいたい犬が住み着いていた

バスラの街中をさまようワンコ
バスラの街をさまようワンコ

しかし、残念だったのはワンコたちは、好戦的だということ。

近くを通るだけで、吠えまくってくる。夜間に勃発した野良犬グループの抗争により、目を覚ますこともあった。

これならば、己からすり寄ってくる中東にいる猫の方が、まだ可愛らしい。

私が思うに、犬は不浄だから排除しようというよりも、人々は「犬なんかもうどうでもいいや」という気構えなんじゃないか。実際に、イスラーム圏でも田舎あたりに行くと、犬がうろついていることはよくある。

社会が成熟してくると、野良ワンコは路上をうろついてはいけないものとされ、保健所に収容されたり、室内型のおペット型わんこが登場するのだろうと思う。

宗教というよりも、社会の成熟度によるところが多いような気がする。

どこでも中国人

バグダッド空港の入国審査で、一番に見かけた外国人が、中国人であった。ビジネスマンというより、労働者である。

さらに、クーファのモスク近辺では、6人ほどの中国人団体客に遭遇。団体で観光に来るとは、さすがである。

日本だったら、「そんな場所行くんじゃありまへん!」と言われるような場所で、中国人に会う度に、彼らの度胸と行動力に、圧倒されてしまうのである。

それは、尊敬ですらある。

昭和の香り漂うイラク

時々イラクで感じたのが、昭和っぽさである。

首都バグダッドではそうでもなかったが、他の街ではだいたい、ホテルの室内も喫煙OKであった。

喫煙という行為自体が「何アレ。いやあねえ・・・」と社会から非難されるようになった日本からすれば、これは嬉しいタイムスリップである。

ホテルのロビーや室内で喫煙OKと言われても、吸うのはなんだか後ろめたい。よって、ホテルの外でタバコを吸っていると、ホテルスタッフが「中で吸いなよ〜」とわざわざ言いにきて、灰皿とお茶を出してくれる。

なんという嬉しい待遇。日本では、徹底的に糾弾され、喫煙者は撲滅の対象にされるというのに。

ナジャフのホテル
全館喫煙OKだったナジャフのホテルロビー

今や日本では喫煙者というだけで、社会から煙たがられる。昭和時代は、教授や先生が教室内で、スパスパやるのも珍しくはなかったというから、驚きの変貌ぶりである。

そんなどこでも喫煙OKな時代が、蘇るのが現代イラクなのである。

道端のタバコ屋では、いろんな種類のタバコが売っている。もちろん世界的ブランドもそろっている。金のマルボロ1箱であれば、2,000ディナール。約180円である。

イラクのタバコ屋
どんな銘柄でもそろっているイラクのタバコ屋

さらに昭和感を醸し出していたのが、家電ショップ。

バスラの家電屋をのぞくと、2層洗濯機や、おばあちゃんの家の置いてあったようなストーブを見かけた。どれも日本では、廃番になっていそうなものである。

イラクの家電屋
バスラの家電ショップ。パナソニックや東芝といった日本メーカーの家電も多くあった

街中では、東芝の2層洗濯機を車のトランクに押し込み、運んでいる人もいた。日本では見かけなくなった2層洗濯機だが、イラクでは現役で活躍しているらしい。

2層洗濯機が押し込まれた車
2層洗濯機が押し込まれた車

さらにイラクのトイレ事情について。イラクのトイレは、和式のくみ取り便所が多かった。

観光客が利用するようなホテルだと、水洗トイレもあるが、街中のレストランや公共施設のトイレは、たいがい和式。くみ取り式なので、においがきついこともある。

イラクはイスラーム圏なので、用を済ませたら紙ではなく水で洗い流すのが一般的。ハンドシャワーは高級品らしく、見当たらない。代わりにあったのが、蛇口とプラスチックのおけである。

何気にセンスいい

私は「黒を着ればだいたいおしゃれ」という信仰を持っている。よって、黒を着ているおしゃれな人間に惹かれやすい、という性質を持っている。ユダヤ教の超正統派たちもその一例である。

私の見立てによると、イラクでは非常に黒をうまく使いこなしている人が多かった。

まずは、「クフィーヤ」と呼ばれる頭に載せるヘッドスカーフ。黒と白の格子柄で、黒のアクセントをきかせている。

イラクのクフィーヤ
黒と白の格子柄のクフィーヤをかぶったおっちゃん(左)

そして、民族衣装のディシュダーシュ。アラビア半島の国では、カンドゥーラやトーブなどと呼ばれる。同じ民族衣装でも、白がメジャーである。

一方で、ここイラクでは、紺、黒、グレーといった濃い色のディシュダーシュを着る人が多かった。

イラクの紳士服売り場
スーツやディシュダーシュを売る紳士服売り場

さらに、寒い冬の時期ともなれば、スーツをジャケット代わりに着込む。それでも寒い人は、スーツの上から、ロングコートを羽織る。このさりげない羽織り方が、丸の内OLもびっくりなおしゃれ感を醸しているのである。

イラクの紳士
秋冬にぴったりな同系色をしっかり取り入れつつ、ロングコートの羽織方が自然な抜け感を演出。スーツや革靴といったアイテムで全体はカチっと決めながらも、大人の遊び感覚を取り入れたコーデ。

秋冬らしい同系色を使って遊ぶ人もいるが、ジャッケットからディシュダーシュ、靴まで全て黒でキメてくる人もいる。

そのスタイルは、単に「黒を着ていれば安全」だとか「黒を着ていればおしゃれに見える」などといって、怠惰に走った結果ではない。

むしろ、偶然の産物として生まれた、スタイルである。だから、どこか自然な抜け感がある。

もはや、ヨージ・ヤマモトもびっくりな「黒の衝撃」である。イラクには、こうした黒使いたちが、存在する。

人間は工夫する

イラクの生活は、お世辞にも便利で快適なものとは言えない。

いまだ街中には、テロや爆撃による建物の残骸が残っているし、市民が使う電気や水でさえ十分に供給されていない。路上にはゴミが放置され、嗅いだことのない異臭を放つエリアもあった。

小銭を稼ぐため、ちびっ子は街中へ繰り出し、老婆は道端で物乞いをする。そんな光景にもしばしば出くわした。

先の家電屋を見てもそうだが、イラクに出回っているのは、先進国では見かけなくなった、なひと昔前のモデルである。

モノがあふれる資本主義の国からやってくると、モノがないことに目が行ってしまう。モノがあふれる社会に生きる人間からすると、モノがない社会は不便だと思ってしまう。

けれども、少なくともそうした社会においては、人々は工夫する。それは、困ったらなんでもアマゾンに泣きついて、数時間後に解決してしまう我々が忘れてしまったことでもある。

清掃車がなければ、バイクにオンボロ絨毯をつけて掃除すればいい。

ジョウロがなければ、ビニール袋に穴をあけて、水をまけばいい。

川の中心で釣りをしたいが、船がない。だったら、その辺の発泡スチロールを船代わりにすればいい。

タクシー商売をしたいが、タクシーを買う余裕はない。だったら、バイクを改造してタクシーにしてしまえばいい。

実用的かつユニークなアイデアを繰り出すイラクの人々。不便は不便ではなく、むしろ生活を楽しむためのきっかけでもあるようだった。

20代後半から海外で生活。ドバイで5年暮らした後、イスラーム圏を2年に渡り旅する。その後マレーシアで生活。大学では社会科学を専攻。イスラエル・パレスチナの大学に留学し、ジャーナリズム、国際政治を学ぶ。読売新聞ニューヨーク支局でインターンを行った後、10年以上に渡りWPPやHavasなどの外資系広告代理店を通じて、マーケティング業界に携わる。

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