センス良すぎ!イラクの若きバンクシーたちによる反抗アート展

イラクの首都バグダッドに、”反抗アートギャラリー展”が期間限定で登場した。

しかし、それは世界の多くの人の目につかないであろう”アート展”である。

アート展といっても、見物人を意識して開催された公式の展示会ではない。

若者たちがデモを繰り広げるバグッダッドのタハリール広場近くで、若きアーティストたちが自発的に描いたストリートアートである。

アートのテーマは、10月1日にイラク国内各地で始まったデモだ。デモは11月下旬の現在にまで続いている。

こちらをあわせて読むとわかりやすい
騒乱か祭りか。イラク反政府デモの前線で見た意外なもの

デモの中心となっているのは、イラクの若者たちである。政治の腐敗と、大学を出てもまともな仕事がない状態に不満を爆発させた若者たちは、連日街へ繰り出して、デモを行っている。

期間限定といったのは、おそらくデモが終結すれば、政府によってこれらのアートも消される可能性が高いからだ。

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タハリール広場の真下を通り抜けるサドゥン通りに描かれた反抗アート作品

正直にいって、そのレベルの高さには驚かされた。

カオスなデモの中から、よもやまさかメッセージ性をもった興味深いアートが生まれることなど予想だにしていなかった。

イラクをあなどるなかれ、である。

そうしたアートは、単なる絵の表現にとどまらず、何に対してイラクの若者が反抗をしているのかといった、現在起きているデモを理解するヒントにもなった。

デモが起こってから1ヶ月以上たつが、その間にこれだけのアートを完成させたとは、よほど時間があるのか。いや、むしろその即行性に感心するべきなのかもしれない。

中でも多く描かれていたのは、バグダッドでのデモの中心となったタハリール広場や、デモ隊と治安部隊が衝突するジュマリヤ橋だ。

グリーンゾーンは、日本でいう霞が関のような場所で、政府機関や各国の大使館が集まるエリアである。

デモが起こっている現在、グリーンゾーンへの道はほぼ封鎖され、足を踏み入れるにも特別な許可が必要となっている。

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デモ隊(左側)と治安部隊(右側)がにらみ合うグリーンゾーンへかかる橋


デモ隊側(左)で息巻くライオン。ライオンは、古代メソポタミアでは神のシンボルでもあった。治安部隊側(右)に描かれているのは、アメリカ、サウジアラビア、イスラエル、イランの国旗

イラクはイランと国境を接しており、歴史的にも宗教的にもイランの影響を強くうけている。イラクにはシーア派の聖地があることから、イランから多くの巡礼客が訪れている。

一方で、今回のデモの最中、イラク国内でイランの影響力が高まっていることに不安を覚えた市民が、カルバラにあるイラン領事館を襲撃する事件も起こった。

基本的にサウジは、湾岸諸国以外のアラブの国からすると、「ああ、アナタってアメリカ側なのね」と冷ややかにみられている。同じアラブ諸国でありながらも、立ち位置が異なる。

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ポップなキャラクターとともに描かれたグリーンゾーンへの橋

タハリール広場を見下ろす場所に、地元で「トルコレストラン」として知られる廃墟ビルがある。屋上にトルコレストランがあるため、そう呼ばれている。

2003年の米軍侵攻時に爆撃を受けた後、すっかり廃墟と化したが、今回のデモで若者達がビル全体を占拠し、デモの象徴ともなった。

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タハリール広場を見下ろす14階建ての廃墟ビル

東南アジアでよく見かけるトゥクトゥク(3輪自動車)も、今回のデモの象徴にもなった。

混雑で救急車が早急にかけつけることができないデモの最中、いちはやく負傷者を病院へ運んだり、デモ隊への食べ物を運んだりしたからである。もちろんこれらは、運ちゃんのボランティアである。

さらに、このトゥクトゥクは、近年になってタクシーよりも安い移動手段として、バグダッドで普及し始めた。

こうしたトゥクトゥクの運転を担うのは、多くがまっとうな仕事につけなかった若者達である。今回、デモの中心になっているのは、こうした若者たちである。

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催涙ガスで負傷した仲間を連れだすトゥクトゥクとボランティアたち

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中央に描かれた男性は、治安部隊の催涙弾が頭に直撃し亡くなった青年

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泊まり込みでデモに参加する若者たち。毛布にくるまって若者は寝ている。大量の毛布が投棄されているわけではない

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アメリカはイラクから出て行け!イラクはイラク人のものだ!

アメリカはイラクに介入するな!とする一方で、アメリカのポスターをモチーフにしたアートや、催涙ガスを食らったときに、ペプシで洗い流すなどアメリカアイテムはちょいちょい使われていた。


デモ隊のお助けアイテムとなったペプシをかかげる女性

イラクはメソポタミア文明が生まれた地でもある。イラクが誇る歴史的な文化遺産や、イラク南部の湿地帯風景などを組み合わせたものもあった。過去と現在をつなぐ作品である。

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イラク北部で発掘されたアッシリア時代の人頭有翼獣像(通称ラマッス像)と現代のデモの象徴を組み合わせた作品

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トゥクトゥクと人頭有翼獣像のコラボ(左)。こんなトゥクトゥクはいやだ

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イラク南部の湿原地帯で見られる水牛や、葦で作った伝統的な家

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アッバース朝の首都でもあったサマラにある螺旋ミナレット。世界遺産でもあり、イラクを代表する観光スポットでもある。その横には、催涙ガスを吸い込まいように布で口を覆っている女性

今回のデモでは、女性達も比較的多く参加したとのことで、戦う強い女性たちも描かれた。あまりにも男子の数が多すぎて、女子をほとんど見かけなかったというのが、実感ではあるが。

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アメリカで第2次世界大戦中に使われたポスターをモチーフにしたもの。横にはメソポタミア文明で使われていたくさび形文字も描かれている

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別バージョン。青年が車中泊するトゥクトゥクが泊まっている

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10月25日は、イラク各地で大規模なデモがおこり、治安部隊も実弾を使うなどしたため、多くの犠牲者が出た。あの日を忘れない、ということなのか、あちこちで10月25日という文字が描かれていた

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デモに参加する若者たち

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日本でもおなじみ「見ざる・言わざる・聞かざる」の3猿。イラクメディアはデモに対して無関心という批判なのだろうか

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「単純にまっとうな生活がしたいだけなんです」

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「国連さん、我々はまっとうな生活がしたいだけなんですよ、ホント」

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「イラク繁栄の未来みえたり」

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イラクに幸あれ

イラクの都市を転々としながら、後々でも思うのだが、どうもイラクというのはセンスがある。

世界的に有名な建築家ザハ・ハディドもイラク出身である。

東京オリンピックの新国立競技場のデザインは結局白紙になってしまうが、実際にザハがデザインを手がけた建築は、圧巻である。

こんな建物あり!?というぐらい、凡人の理解を超えた、デザインを世界各地に残している。

ヘイダル・アリエフ・センター
アゼルバイジャンの首都バクーにある建築物。ザハがデザインを手がけた。ファーウェイのCMにも登場している。

先述した通り、この”アート展”は多くの見物人を意識して描かれたものではない。また、高貴な芸術の追求でもない。

しかし、見るものを引き寄せる力がある。描けば長らく残る正統派の絵画とは違い、時代の一瞬にだけあらわれた反骨のアートギャラリー。

これらがもうすぐ消えてしまうのは、残念で仕方がない。

いや、一瞬たりともそこに立ち会えたことに、感謝をすべきなのかもしれない。

20代後半から海外で生活。ドバイで5年暮らした後、イスラーム圏を2年に渡り旅する。その後マレーシアで生活。大学では社会科学を専攻。イスラエル・パレスチナの大学に留学し、ジャーナリズム、国際政治を学ぶ。読売新聞ニューヨーク支局でインターンを行った後、10年以上に渡りWPPやHavasなどの外資系広告代理店を通じて、マーケティング業界に携わる。

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