イランのカシャーン近くの村では、バラ摘みが最盛期を迎える毎年5月から約1ヶ月間、ローズ・フェスティバルが開催される。イラン国内からも毎年多くの観光客が訪れることで有名な祭りだ。
自然が相手ともあって、祭りは何日からやりますよ〜、とはっきりしない。その年の気温によってバラの開花具合も異なるので、時期は微妙にずれることもある。
日時が確定しないということにやきもきしながらも、なんとかバラ祭りに合わせて、まずはイスファハンへと飛んだ。ドバイから飛行機で1時間半ほどの距離だ。
イスファハン空港にて。迎えにやってきたおじいちゃんドライバーがバラ1本とともにお迎え。この哀愁といったら・・・
イスファハン市内で1泊し、翌朝には車で2時間半ほどかけてカシャーンへと向かう。
バラ摘みをしていたのは意外な人々
カシャーンの中心地にあるお土産屋には、乾燥したバラのつぼみやローズ・ウォーターが売られていた。お茶に入れて香りを楽しむのだという。
しかし、これらはまだほんの序の口。ローズ・フェスティバルは、カシャーンからさらに車で1時間弱ほどの場所にある、ガムサル村もしくはニアサー村で行われている。
特にバラ摘みを見るのには、早朝がベスト。午前7時にホテルを出発し、午前8時前にニアサー村へ到着。
バラといえば、「バラの村」と呼ばれるガムサル村の方が圧倒的に知名度が高いが、「ガムサルの方は今日は天候がすぐれない」などといって、案内人の判断によりニアサー村となった。
山中に位置する村へ入ると、いたるところにバラ園が。あたりにはほんのりと品の良いバラの香りが立ち込める。
イランで主に栽培されているのは「ダマスカス・ローズ」という品種。イランでは「ゴーレ・モハンマディ」(ムハンマドのバラ)と呼ばれている
特に気になったのは、バラ摘みをしている人々である。どこか親近感を覚える顔だなと思っていると、アフガニスタンからやってきた人々だという。
こうした低賃金の労働作業は、今ではイラン人ではなく外からやってきた人々なのだという。
バラ摘みをするアフガニスタンの人々
村に行く途中、何やら異様な数の人々が広場に集結していた光景に遭遇した。あの軍団はなんだ?と案内役のイラン人に聞くと、「あれはアフガニスタンから来た日雇い労働者だよ。仕事を頼みたい人が車でやってきて、彼らをピックアップしていくんだ」という。
まさかの日雇い労働者と業者がマッチングする場所であった。
湾岸諸国でも日本でも、とにかく低賃金できつい労働は外国人へとまわっていくらしい。
幻想的な気分に浸るローズ・フェスティバルになるはずが、しょっぱなから社会のリアリティをみてしまった。
ここはひとつ気を取り直そう。
ローズ園を訪れる3人組のイラン美女たちに遭遇。イラン北部のカスピ海あたりからバスとタクシーを乗り継ぎ8時間ほどかけて、このバラ祭りのためだけにやってきたという。
お互いバラのために、ずいぶんと遠くからやってきましたなあ、と労をねぎらう。ちなみにこの3人は弁護士仲間という、超エリートイラン人だった。
ピクニックに情熱をそそぐイラン人
朝食食べてなかったなあと思っていたら、おもむろにイラン人のタクシー運ちゃんが自らのピクニックセットを持ち出して、朝食会が始まる。
バラよりもピクニックが待ち遠してくてしょうがないイラン人たち。早くピクニックしようぜ!と誘ってくる
ピクニックメニューは、バルバリーと呼ばれる焼きたてのナンにクリームチーズ。まるごとメロンやきゅうりをその場でカットして食べるスタイル。
シンプルな食材なんだけれども、ピクニックというコンテキストにハマれば、3倍増で美味しく感じられるという新事実。
バルバリー(上)とクリームチーズの相性が抜群すぎる
ティーバッグの紅茶も、摘みたてのバラの花びらを添えてローズ・ティーに変化
それにイラン人といえばピクニックである。とにかくピクニックに関して並ならぬ情熱をそそぐ人々である。
イラン人が所有する車のトランクの中には、たいてい「ピクニックセット」が入っている。プラスチックのバスケットに、ポット、砂糖、ティーバッグ、ミニヤカン、キャンプで使うガスバーナーなどが一式入っている。
場所と暇さえあれば、ピクニックをしてやろうという魂胆の持ち主なのだ。
道端でピクニックをするイラン人家族
とにかくピクニックができればいい。場所にはこだわらない。というのがイラン人のポリシーらしい。
イラン滞在中は、規定の概念にとらわれない場所でピクニックをするイラン人の姿が多く見られた。花見の場所取りに、熱くなりがちな我々日本人とは対照的である。
ローズ・ウォーターの製作過程から飲み比べ
祭りが行われているというニムサー村の中心地は、国内からやってきた多くの観光客で賑わっていた。日本人が北海道のラベンダー祭りに行くような感覚なのだろう。
町のあちこちには、バラ水やバラを使ったお菓子、バラを使った花かんむりなどが売られていた。
バラの花かんむりを作っていたバイトの子。彫りの深い典型的なイラン人の顔つきとは違う。イランの多様性を感じさせられる
肝心のローズ・ウォーターであるが、てっきり特定の場所で作っているのかと思いきや、この時期には近辺の住人宅でよく作られているという。実際にその辺の店や家の裏庭を除くと、蒸留釜があちこちにあった。
釜の中にバラと水を入れ、蒸留水が管を通り奥に設置されている別の釜にたまる仕組み
30キロのバラの花びらと80リットルの水で、40リットルのローズ・ウォーターが生成される。バラと水の比率の差が小さくなるほど、高品質なローズ・ウォーターになるのだとか。
せっかくなので、本場のローズ・ウォーターを飲んでみたい、ということで近くのショップで試飲。出されたのは、工場で作られたローズ・ウォーターと自宅で蒸留したというローズ・ウォーター。
そんなに違うもんかね、と思いきや大雑把な舌の持ち主である私にでも、その違いは明確だった。
工場で作られたローズ・ウォーターの方がすっきりして飲みやすい。一方で、自宅蒸留された方は、バラの香りが強烈でかなりクセがある。
しかし、ローズ・ウォーターを知り尽くすカシャーン出身の案内人に言わせると、「工場より、自宅蒸留の方がクオリティがいいわ」などという。
「良薬は口に苦し」といったものだが、それと同じ原理なのだろうか。確かにクセが強すぎて飲みにくいが、なんだか健康に良さそうな気がする。
そんなわけで、1リットルほどのローズ・ウォーターと、バラの花びらがふんだんにのったお菓子を購入。
イラン版のういろうみたいなもの。一口サイズに切って、熱い紅茶といただくと完璧
ローズ・ウォーターにも、水業界のごとく序列がある。100円で買える天然水から、お高い海外の水までといったように、品質によって値段が大きく異なるのだ。
健康志向が高い?自然派な人々
しかしここで蒸留されていたのは、ローズ・ウォーターだけではなかった。お土産ショップをのぞくと、やたらといろんな水が並んでいる。日本のコンビニの水コーナーよりも充実している。
怪しげな水業者感すら漂う
よく見ると、タイム、カルダモン、ヤシの木いったようにとにかく山に生えてそうな植物をかたっぱしから蒸留水にしているのだ。ニムサー村の人々の自然に対する寄り添いぶりはすさまじい。
健康のためなのかとにかく、こうした自然のものはなんでも体内に入れよう、というコンセプトに驚かされる。
日本人が美容のため、などといって怪しげな水に走るのと同様に、ここにもまた健康のために数多の植物を蒸留させて体内に取り込もうとする人々がいたのだ。
ドバイに戻ってからも、ニムサー村で購入したローズ・ウォーターを少しずつ飲んでいる。時には化粧水などとしても使う。
もっぱら美容や健康といったものには、特別な気遣いとお金をかけようと思うたちではないが、それでも体がすっきりするのは気のせいだろうか。
ローズ・ウォーターという名称からして、「ローズ・ウォーター・スプレー」とかいう女子ウケしそうな商品が出ていてもおかしくない。実際、巷では時々そうした商品を見かける。
どんなものでも高級化させて金を儲けるドバイならば、さっとラグジュアリー・ローズ・ウォーターなんかを作ってしまうだろう。
けれども、金儲けのためにそうした商品作りなどに走らず、淡々と素朴なローズ・ウォーターを作り続け、それを愛でにやってくる人々がひどく印象に残った。
イラン旅行のおともに
イラン出身の吉本芸人が書いた本。イランについてこれほど面白く、軽やかにかいた本を他に知らない。イラン人が面白すぎるというより、この本が面白すぎる。