友達はいらない派の主張。友達がいない方が幸せな人も世の中にはいる

世の中にはなんとなく良しとされている価値観がある。けれどもその価値観を疑う人は少ない。友達は多い方がいい。友達が少ないことは孤独で恥ずかしい。といった例もその一つだろう。

私もこの根拠のない価値観に長年振り回され続けてきた。私は人付き合いが苦手で、上っ面だけの会話や他人の調子に合わせることにひどく虚しさを覚えてしまう人間である。


大勢の友人がいたことはないし、学生時代は少数の友人たちで切り盛りしていた。一方で、友達が多い方が華やか、なんか知らんけどそっちの方がスゴい、みたいな空気や言説に流されて、友人が少ない自分はダメなんかなあと思っていた。

そんな感じでウダウダしていたが、ある時から一切の表面的な付き合いや友人関係を断った。はじめは恐る恐るだったが、実際に待っていたのは「あれ、むしろ友達がいない方が楽じゃね?」という境地だった。

数年前に放映された『ホンマでっか!? TV』という番組内では、孤独を苦に思わず友人を作ろうとしない、「ソリタリー」という性質について紹介されていた。以下は脳科学評論家の澤口俊之氏の発言だ。

生物学をやっている人間にとっては常識なんですけど、「ソリタリー」を持つ人は必ず居るんです、人類史で。「ソリタリー」の方は友だちなんか作りたくないはずなんです。無意識に友だちを遠ざけているんです。「ソリタリー」というのは人類進化上、非常に重要な役割になっていたってことが最近の研究で分かっています。色んなところで一人でやるので、独自の考えを持ちやすいのと、同調しないし、新しいものを見つけたり、必要なんですよ。ですから「ソリタリー」の方が居ないと人類は進化しなかった、という進化論もあります。友だちなんか要りません。

そう、世の中には友達がいない方が幸せになれる人も実はいたのだ。友達がいない=寂しい、かわいそうという価値観からのコペルニクス的展開。

やっぱり一人でいることが好きすぎた

私の場合、常に隙あれば一人になるチャンスをうかがっている。100人ぐらいが集まる立食パーティーなんかは、地獄である。どうやってあの地獄から早く逃げ出すかということばかりを考えている。

そういう人間にとっては、友人であれ他人といることでものすごくエネルギーを消費する。他人といること自体が、ストレスになるのである。

逆にいえば、一人でいる時が、一番のベストコンディションとなる。ちなみにこの状態の時、まったく孤独は感じない。むしろ、人に会わないでラッキー!というこの上ない至福なのだ。この事実を認めるまでに、どれだけの苦労があったことやら・・・

ちなみに一人が好きな人は、一人で楽しむ方法をちゃんと心得ている。一人で寂しくない?と思われるかもしれないが、世の中には一人でも楽しいことが山のようにあるのだ。

やりたいことに集中できるようになった

友人を持たなくなり、人付き合いを積極的に辞めることによって、金銭的にも時間的にも自由が増えた。今まで飲み会や付き合いに投じていたお金と時間がすべて自分のものになるのである。

社会派な人々は、すべてのリソースを自分にだけ投入するなんて傲慢よ!というかもしれない。けれども、他人といることでエネルギーを失い、苦痛を感じる人間からすれば、苦痛を感じる行為に時間と金を費やすことに意味を見いだすことはできない。

さらに、他人の価値観に惑わされることもなくなった。友人と話していると、調子を合わせなければいけないことがある。周りの社交的な人間と自分を比べて、自分を卑下することもなくなった。

人間関係や人付き合いで悩んだこともあったが、今ではそんなことも考える必要がなく、自分が考えるべきことややりたいことに集中できる。

友達がいなくても失うものはない

世間の印象は何かと不公平だ。大勢の友人とのパーティーやバーベキューは、明るい、華やか。一方で一人で本を読む、ネットをすることは、暗い、寂しいといったイメージとセットで描写されたり語られる。

人々が、そうした根拠のないイメージに苦しまされることもしばしば。けれども、世間の価値観と個人の幸せは決して一致しない。重要なのは自分が何に幸せを感じるのかを知ることだ。

私の場合は、一人でいることが最高の至福であり、人間関係や友人を持つことが逆にストレスを与える。世の中は、友達は必要という前提で語れることが多いけれども、車持つ派VS持たない派みたいに個人のニーズに合わせて、もっとポップに語ってもいいんじゃないかと思う。「あ〜、私友達持たない派だから」といったように。

 

人付き合いは苦手。でもそれを前提にどうやって他人と関係を築くか、を教えてくれる一冊。

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