日本と海外における退職時の反応の違い

「おめでとう」。ドバイで転職先が決まると同僚はみな決まってこういう。そこには、「キャリアアップのための新たな職場が見つかってよかったね」という意味合いが込められている。

日本では退職するにしてもこんな言葉がかけられただろうか。

退職は迷惑行為?な日本

転職のため、退職するということを告げるということは、今まで一緒にやってきた仲間を見捨てていく、ということに対する一種の後ろめたさを感じるし、退職をつげられる側もこのクソ忙しいのにやめるのかよ・・・というある意味での「裏切り」行為のように去っていくものを冷たい目で見やる。

というのが私の日本における、人がやめていく時の反応だと思っていた。もちろんすべてがそのケースにあてはまるわけではないだろうが。

一方でなぜかドバイは転職において人々はものすごく前向きに捉える。人が辞めることで、多少自分の仕事が増えたり、面倒な引き継ぎ業務(日本ほどきっちりとはしていないが)が発生するというのに。

人々は人が辞めることに伴う業務増加を「迷惑」だと捉えないらしい。「別の会社に転職するため退職をする」。このことが、それほどまでめでたい、喜ばしいことだと気付いたのは、やはりドバイに来てからだろう。

転職ブルーにかかる

新たな就職先が決まり、上司やチームへ退職の意をつげる。なにせ、今でさえ業務量の割に人が少なく、ヒーヒーやっているという状態だというのに、辞めるというのは、残されていくものや業務を考えると後ろめたいものがある。

1年以上も働いていると、少なからず会社や同僚に情がわいてきて、いくら自分のキャリアアップのための選択肢だといえども、退職することは彼らへの一種の裏切りになってしまうんじゃないか、と村意識の強い私はそう思っていた。

あれほど転職したかったのに、いざ決まるとなんだかルンルン気分で「退職しまあす!」なんて軽々しくは言えないのだ。ひょっとすると今の会社で働き続けるべきなんじゃないか、本当に転職すべきなのか、といった不安が頭を飛び交い、意思を軟弱にする。特にこうした傾向は、現職でよい人間関係、そこそこの仕事ができている場合において強く現れる。

そういえば2年前に、ドバイでの就職が決まった時の生活記録が残っているかもしれない、と思い漁ってみると、あった。そこには、ドバイでの就職先が決まったものの、本当に退職宣言をしてよいものかどうか、ドバイに行くべきなのだろうか、ということが綴られていた。

どうやら過去の自分の同じようなことを考えており、また転職が決まった後の退職宣言にあたっては、このような一種の転職ブルーになるのが私のサイクルなのだと悟った。

「実はオレも・・・」上司からの逆ドッキリ

そうはいっても、自分のキャリアのために前に進まなければならないし、数日中には返事をしなければならないので部署のトップ、フランス人上司を呼び出す。

はて、会社を辞める時って英語でなんていうんだっけ?特にこうしたおきまりのフレーズが用いられるシーンにおいては、英語でどう伝えるべきなのか知らない自分に時々遭遇する。まだまだ英語での生活に慣れていないんだろうなあと思う。

ピンとくるフレーズが思いつかないままに、とりあえず知っている単語で「会社やめます」と伝えると、上司は「おお、そうか。日本に帰るのか?それともドバイにまだいるのか?」と聞かれる。退職時において、このドバイを去るのか?という選択肢があるのが、数年でこの都市を離れる人間が多いドバイらしい。

「いや、次の会社もドバイにあるので、ドバイにはもうしばらくいます。」とだけ答えた。すると上司は「実はさあ、俺も昨日退職願いだしたんだわ」と、まさかの逆ドッキリ。驚かされたのは私のほうである。

しかも上司はこの会社で働いてまだ半年程度である。聞くと、ドバイで新たなメデイア事業を起こす会社の立ち上げに関わるのだという。彼もまた、自分なりの次の挑戦を目指して会社を離れるようだ。そこには、履歴書に会社を半年でやめた、ということが記載されようと関係なしに、新たな挑戦に挑み続けることが個人にとっては大事なのだということを暗に語っているような気もした。

退職に対する各々の反応

一方で、直属のインド人上司に退職の旨を続けると、「もうちょっと話し合いの猶予をもてないかな」と一瞬引き止める様子を見せたが、翌日話すと次の会社の上司が、今の直属の上司の上司だったということが判明。2人はもともと別の会社で一緒に働いていた上司と部下という関係だったのである。ドバイの業界は狭い。

そんな偶然に気をよくしたのか、インド人上司は陽気に平然と職場で、「ねえ、あいつにどんなこと質問されたの?」とか「あいつは本当にいいやつだよ。一緒に働きがいがある」などと聞いてもいないのに、未来の上司の情報を開示してくれるのである。それはそれでありがたいのだが。

私の退職宣言に一番動揺していたのは、ハルビンくんこと会社で唯一無二のアジア系(インド人をのぞく)仲間、中国人の同僚だった。彼は、しばしばオネエ疑惑を抱かせるしぐさをするのが特徴である。

一方で、いつなんどきもニコニコしてほほえみを絶やさないため、その愛くるしいキャラクターゆえに同僚たちには愛されている。

「ちょっと、あーた、やめちゃうの?」とハルビンくんはどこからともなく得た私の退職にいきりたち、「ちょっと時間ある?詳しくその話聞かせてくれない?」と喫煙所に誘い出す。

慣れない手つきでマルボロの赤を吸うハルビンくんは、この上なく愛おしいが一通り私の転職事情を聞くと、まるでおすぎとピーコのピーコのように、「ああ、あたしも転職したいけど、なかなかこの役職じゃあね。他の会社に行くにしても上のポジジョンの仕事を見つけるのは難しいわよ」と不満を吐き出す。けれどもハルビンくんのゆるキャラのような振る舞いによる解毒作用のせいか、ピーコのような毒はない。

社会よりも個人の自己実現を重視

内定先はブラック企業かもしれない。けれどもこうした職場の人々のポジティブな反応により、やっぱり転職を決めてよかったと思える。あくまで自分自身の人生とキャリアを考えた上でだ。

個人の会社への帰属意識が高い日本では、会社や職場の人間、環境を優先して考える。有給をとると、同僚の仕事が増えて迷惑をかけてしまう、周りも休暇を取得していないから休みづらい、といったように。だからこそ退職にともない帰属先への「迷惑」を心配してしまいがちだ。

けれども個人として、周りにとらわれずに自分がやるべきこと、やりたいことを追求していくべきなのだ。そうした感覚を当たり前に持つ人々だからこそ、やはり転職は「おめでとう」になるのだろう。

20代後半から海外で生活。ドバイで5年暮らした後、イスラーム圏を2年に渡り旅する。その後マレーシアで生活。大学では社会科学を専攻。イスラエル・パレスチナの大学に留学し、ジャーナリズム、国際政治を学ぶ。読売新聞ニューヨーク支局でインターンを行った後、10年以上に渡りWPPやHavasなどの外資系広告代理店を通じて、マーケティング業界に携わる。

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