ついに審判の日がやってきた。この日のためだけに、マレーシアの家を引き払い遠路やってきたのだ。思えば、すべてが始まったのが1ヶ月半前。
気づいたら指が勝手に動いて、移民局にフリーランスビザの問い合わせメールを送ったことから始まる。体だけは勝手にベルリンに行き始めていたが、脳が体に同期したのは、ベルリンにやってきてから1週間後ぐらいのことである。
いよいよだ・・・
この日のために、ずいぶん奔走したものである。それだけの苦労もあってか、大学受験ぐらい前日は緊張した。わざわざ移民局まで下見にいったりもした。何せ今回はビザ申請にあたり、いろんな人に世話になった。自分だけだったらいいが、いろんな人の応援も背負っているのだ。まさに気分は受験生である。一応、験担ぎとしてアントニオ猪木と同じく、赤いマフラーを巻いて出陣。
移民局の面接では、ドイツ語ができない場合は通訳者を連れてきな!などと書かれていたので、おとなしく通訳者を雇うことにした。通訳者のアンジェラと移民局前で落ち合い、待合室へと向かう。
待合室では、日本の市役所のごとく、無表情で淡々と待つ人々の姿があった。その顔ぶれは、さまざまで多国籍である。
アンジェラはすでに仕事を退職している年齢とのことだったが、どう見てもその感じはベルリナーそのものである。金色の鼻ピに、ミリタリージャケット。おまけに人生のほとんどをアメリカで過ごし、教授として働いた後、ベルリンに戻ってきたという。
かっこええ・・・
これまでにもビザ申請の通訳を何度もしているとのことで、対策を聞いてみた。
「そうねえ、ベストなシナリオは3年のビザを許可してもらえることかしら。まあ、悪くても、書類不備でビザがもらえるのが少し先になるぐらいかしら。こればっかりは担当者によるからなんとも言えないわ」
「この日のために、ドイツ語で自己紹介できるようにしてきたんですよ・・・」
というと、アンジェラはえ?という顔をした。
「それはあんまり重要じゃないわね。面接は書類チェックだから、すぐにチェックに入るから挨拶は不要よ。とにかく彼らにとって重要なのは、ちゃんとドイツで生きていけるか、そのために必要な書類があるか、それだけなの。ベルリンに来たモチベとかはどーでもいいんだから」
あ、そうですよね・・・
そんなことを話しているうちに、私の順番が回ってきた。指定された部屋に行く。
カタカタカタ・・・
「グーテン・タグ(ドイツ語でこんちは)」
カタカタカタ・・・
面接官は、こちらを一瞥しただけで、終始パソコンをカタカタやっているのである。
ひえっ
挨拶してくれない・・・
一部屋に一人かと思いきや、2つのデスクが向かい合っており、2名のスタッフが向き合ってカタカタやっている。隣のデスクでは、別の申請者が別の面接官と話している。ここにはプライベートなどないらしい・・・
移民局のスタッフといえば、日本の市役所と同じく、中年の人々が多いかと思ったのだが、私の担当スタッフは、なんとピチピチのギャル。しかも新人。時折、ベテランと思われるスタッフに、これはどうやる?などと聞いているではないか。
新人ギャルに審判を下されるのか・・・
「必要な書類を出して」
申請書とパスポートを出した後に、言われたのがこれである。
必要な書類とは・・・?持ってきた書類はゆうに15種類以上ある。一体どれを出せばいいのか、と思っていたらアンジェラが横で「とにかくあんたが重要だと思う書類を出せばいいのよ」と言う。
私が重要だと思う・・・?
哲学並みにぼやっとしている質問に、混乱しながらもとりあえず、公式サイトで必須の書類とマネー関連に関する書類を出してみる。
「じゃ、後でまた呼ぶから」
といって速攻で追いやられ、また待合室で待機。
「う〜ん、普段はもっと具体的にどの書類を出してとか言われるんだけど、今回はイレギュラーね。多分、あの子が新人だからかしら」とアンジェラは考察。
通常だと、あの書類は?これはどうなの?と色々と聞かれるらしいが、なぜか私の場合は、ノークエスチョンである。あんだけいろんな書類を集めて対策したのに、何も聞いてくれないのも逆に悲しい。
再び呼ばれ、面接室に舞い戻る。新人ギャルがようやく、質問してくれたかと思いきや、住所登録の予約が先すぎるけど、大丈夫?引っ越したらまた住所登録しなきゃだよ、などというあまりビザ申請に関係ない心配だった。
その後も謎の質問が続く。
「目の色は何色?」
「身長何センチ?」
これ、ビザと関係あるの?と思い、アンジェラに助けを求めると、何やらID登録で必要な情報とのことらしい。
身長なんて変わるやん・・・
目の色なんか人生で聞かれたことないよ・・・というか自分でも何色か分からん。
その後、指紋を採取し、面接は終盤の雰囲気になる。ビザを出す出さないについて一向に審判を下す様子がないので、しびれを切らして私は聞いた。
「ビザおりますかね?何年もらえますか?」
「3年ね」
おりた!
ORITA!
織田!
「ビザのことだけど、今後ドイツ政府に生活面で金銭的に頼るようなことがあったら、ビザは失効になるから、覚えといて」
要は生活保護になるな、ということである。その後、面接室を後にし、我々はビザ料金の支払いへ。
「ビザおりてよかったね〜」
と喜びを分かち合ったのも束の間、次のアポがあるからとアンジェラはさっさと去っていった。
ああ、これでベルリンに住むことができるのだ。それにしても、こんなあっけないものだったのか。とはいえ、アンジェラもいったように、ドイツ本土でビザ申請ができる時点で、ほぼビザがおりることは確定しているのだ。そうした国は限られており、日本を含め7カ国である。日本国籍だったという運で決まったようなもんである。
奇しくもその日は、トランプが再選した日でもあった。同じ勝利を噛み締めながら、私はこれまでに世話になった人々や友人に、合格の報告をするのであった。