もはや現世で北欧に足を踏み入れることなどないと思っていた。しかし、人生というのはわからない。狂気のパリピことスウェーデン出身のエリクソン氏が、私の家に2週間ホームステイをしたことで、ぼやっとしていた北欧は、興味引かれるスウェーデンという確固たるイメージを確立した。
陰キャな日本人が陽キャすぎるスウェーデン人と2週間暮らしてわかったこと
もうこれを逃すと、スウェーデンに行くことは一生ないだろう。ということで、逆ドッキリならぬ逆ホームステイを仕掛け、4日ほどエリクソン氏の家に押しかけてみることにした。
スウェーデンに勢いで行ってみることにしたが、よく調べるとスウェーデンには、大した見どころがない。しかも夏なので、犬ぞりやオーロラもない。そう。何もねえのである。相当の北欧マニアでないと、ありがたみを感じる観光スポットはないように思えた。
というわけで、何か観光をするというよりも、スウェーデンの空気を吸う、ということを旅の目的とすることにした。空気を吸いに行くぐらいなら行かない方が良いのでは?と思ったが、まあスウェーデンの空気は格別だということにしておこう。
スウェーデン訪問は、期待ゼロだっただけに、多くの予期せぬ収穫をもたらした。穏やかで静かな暮らし。それがスウェーデンであった。だから、この旅行記も、いつになく丁寧に記録していこうと思う。
世界一静かな空港?
飛行機を降りて、一番に目に飛び込んできたのは、ヘッドフォンをしてパソコンをカタカタやる北欧美女メーンであった。まるでそこだけスタバの一角のような空気が広がっている。思いがけないオシャー(おしゃれ)攻撃を食らうのであった。
また、その辺にサンドウィッチを食べている人がいたのだが、サンドウィッチの食べ方すらオシャーなのである。おしゃれなサンドウィッチはあるが、おしゃれな食べ方という概念があることすら、その時点まで思いもよらなかった。
トイレすらも尋常ではない。トイレ・・・?と一瞬判断に迷うほど、スウェーデンのトイレはトイレのなりをしていない。まるでラボのような鉛色の扉の先に、トイレがあるのである。これが噂の北欧デザインというやつか・・・
空港からして、スウェーデンの空港はこれまで行った国と大きく違った。めちゃくちゃ静かなのである。サイレントゲームでも勃発しているのか、と思うぐらい、静けさが辺りを支配している。人がいないわけではないのだが、みなマナーモード状態なのである。
通常、国際空港といえば、カオスである。そうした色んな人が行き来し、色んな言語が混ざり合う。それが国際空港の楽しさでもあるのだが、ここストックホルムのアーランダ国際空港は、それがない。異質だ。
そんな静けさを切り裂いたのが、エリクソン氏の出迎えである。空港の到着口で合流したのだが、「ウェルカム〜スウェ〜デン〜」と、甲子園の応援団ばりの大絶叫で歓迎を受けた。さすが鬼のパリピ。恥ずかしいことなど何もない。しかし、私は曲がりにも日本人なので、目立つことは恥ずかしい。近くにいたおばさんが、冷ややかな視線を送るので、慌てて応援団長を制した。
空港からエリクソン氏の自宅までは、車で40分ほど。しかし、郊外にある空港から30分経っても、一向に景色が変わらない。果てしなく、のどかな森の風景が続くのである。時刻は夕方5時過ぎ。夕食に備えて、スーパーに買い出しに行くことになった。
スウェーデンのお酒事情
海外のスーパーは、ちょっとワクワクするが、それでも人間の生活必需品が売っているわけだし、そこまで大差はないだろうと思っていた。しかし、スウェーデンのスーパーはその斜め上をいくものであった。確かに売っているものは、「これなんだろう?」「不思議だねえ」というものはいくつかあったが、私が驚愕したのは、その商品ディスプレイにあった。
マヨネーズやらプリングルズなどが、無駄におしゃれに飾られている。どこにでもある凡庸な製品をオシャーに飾る必要性があるのか。しかし、それこそが北欧センスらしい。
オシャーなパッケージ商品を独特のセンスでディスプレイ
その辺の山で採れたと見られるキノコ。しかしこのキノコを探すのはムズいらしい
事前にスウェーデンのことを調べたところ、スーパーでは酒が売っていないということだった。しかし、ずらりと並ぶ酒各種。なあんだ、結構あるじゃないかと思いきや、これはすべてフェイク酒であった。私が日頃懇意にしているハイネケンやコロナたちも、よく見るとノンアルと書いてある。本物はあれども、スーパーで売られているものは3.5%が限界。この限界値を超えた酒たちは、酒屋で取り扱われる。
スーパーのお酒売り場
というわけで、我々は酒屋に行ってみたのだが、ここでもまた無駄に北欧センスが発揮されていた。それぞれのビールがまるで高級時計のように単体で飾られている。いったい世界のどこに、ビールをオシャーに飾る必要があるのか。
縦ではなく斜めに展示するところに北欧のセンスを感じる
「気づいたか。この酒屋には冷えたビールが売ってないんだ。ビールを冷やすと、飲みたいと思うだろ。スウェーデンではアル中が多いから、なるべくアルコールの消費を勧めないようにしてるわけ」
同様の理由で、日曜日や祝日などアルコール摂取が増えるであろう”危険日”には、こうした酒屋は休みになるらしい。個人の自由を尊重する国などとは言うが、意外と政府が介入しているのか・・・もしくはそれほどにアル中問題は深刻な問題なのだろうか。24時間365日どこでも自由に酒が手に入る日本。私は心の中でその自由に合掌した。
この後日、町のイベントにも行ってみるのだが、会場の一角でアルコールが提供されていた。しかし、ビールを買ったら最後、決められた一角でビールを飲み干すまで、自由に会場をうろいてはいけないと言う謎のルールが発令していた。
いや・・・なんで・・・
「ま、これもアルコール消費を促さないためだよ☆あそこに警備員がいるだろ。ビールを持ってあそこの一線を越えたら、警備員に注意されるから」
アルコールエリアを守るために配備された警備員。意外とスウェーデンもルール社会だな。
さらにビビったのは、スーパーの近くにあったマックである。世界のマックですら、北欧センスにより魔改造されて、オシャーななりをしているではないか。
トレードマークの赤をもぎ取られたマックでは食欲がわかない
ひい・・・
マックですら北欧センスに取り込まれている・・・
恐るべし北欧センス。
日本でも観光地では、セブンイレブンやスタバが、景観に合わせて魔改造されるケースはよくあるが、ここは観光地でもなんでもない町。景観に合わせる必要性などどこにもない。
ストックホルムのセブンも魔改造されていた・・・なんでこんなにオシャーなのか
ひとしきり夕食の買い出しを終えて、我々はエリクソン氏の自宅で夕食を取ることにした。この日の夕食は、サンドウィッチケーキである。ケーキといっても、エビやサーモンが入っているので甘くない。
丸ごとホール1個分あるが、意外と食べられる。パセリがスウェーデンの森っぽい
真夜中のハイキング
なんだかんだいって、もう夜の8時過ぎ。そろそろ日没の時間である。スウェーデンの8月の終わりは、夏の終わりと秋の始まりの境界線である。
「よしゃ、うちの近くの森を案内したるから、散歩にいこや」
そう。エリクソン氏の家はストックホルムまで電車で40分。山に囲まれた随分とこじんまりとした町に位置する。よって、案内する場所といえば、自動的に周辺を囲む自然になるのである。近くには、軍事基地があるそうで、湖をパドリングしていたエリクソン氏が偶然見つけたのだという。スウェーデンは、人畜無害な顔をしているが、実は世界でも名のしれた武器輸出大国なのであった。
散歩なので30分ぐらいかと思いきや、高い木々が生い茂る傾斜が激しい場所をエリクソン氏は、ずんずんと歩いていく。パキスタンのフンザで出会った鬼教官ことネイチャーボーイのことが思い出される。こやつはネイチャーボーイ2で決まりだな。
夜中の田舎町なので、もちろん我々以外に人はいない。どれぐらい田舎町かというと、「ここが唯一24時間営業でやってる店で、子供達もよく来るんだよ〜☆」と行って紹介されたのが、シェルのガソリンスタンドだった。町というより村である。
息を切らしながら山頂まで歩くこと1時間。山頂にはゲストブックが備え付けられており、山頂を果たした人々によるほのぼのメッセージが書き込まれていた。なんだこのほっこり感は。
休憩がてら、星空を眺めることにした。星空を眺める・・・凡庸な行為に聞こえるかもしれないが、都市ではやりたくてもできないので、実に贅沢なアクティビティである。
流れ星と衛星たちが忙しなく星空では動いていた。
広大な森と湖のコントラスト。スウェーデンでは自然を楽しむものらしい・・・
オシャーなスウェーデンのカエル
話の中心は、エリクソン氏の6ヶ月の東南アジア旅行を終えての感想である。
「6ヶ月も旅して色々語りたいことがあるんだけどさ、こっちに帰ってきたらあんまみんな興味を示してくれないんだよね。帰国後に会って1回目はその話になるけど、2回目にはもう旅の話なんて出ない」
北欧から見ると、東南アジアはとても遠い。今回自分でそれを実感した。ドアツードアで丸1日はかかるのだから、簡単に行こうとは思わないだろう。これだけ世界が簡単に繋がれるような世の中になっても、物理的に遠いものは遠い。そして、そこへの想像力を馳せることもまた難しい。それが人間の限界だ。だからこそ、旅行はまだ価値があるのだ。実際に行ってみないと分からないことがたくさんあるのだから。
そう。この時はまだスウェーデンがキラキラして見えたが、エリクソン氏の話を聞くうちに、スウェーデン社会の狭さをうすうす感じるようになる。そして、それは翌日以降、確信に変わり、私はそれに打ちのめされることになるのだ。