語学学校をドロップアウト。ドイツ語、もームリ

ドイツ語の語学学校をドロップアウトすることにした。授業が全く頭に入らないし、宿題をする時間もない。いつも気づいたら1日が終わっている状態。ベルリンの生活は忙しない。

よって、授業だけでなく、他の生徒からもどんどん遅れをとっていく。学校に行く意味が見出せない。ドイツ語と距離を取りたい。ドイツ語アレルギーは限界に達していた。den dem derって何だよ。

ドイツ語は言語というよりも数学である。勉強していてこんなに楽しくない言語はない。ついうっかりするとイタリア語やスペイン語に浮気してしまいそうになる。英語がいかに簡単な言語かを改めて思い知る。

さらに、学校へ通うという、単純な反復行動が気に食わなかった。同じ道をただ行ったり来たりするだけ。たまに寄り道をするが、それでも自分の生活の中に、同じことの繰り返しが入り込むのが気に食わない。安定した生活は、日々同じことの繰り返しからなる。しかし私は、どうも安定という言葉とは、そりが合わない人間らしい。

安定を求めているようでも、それが当たり前になればつまらなくなり、新たな刺激を求めずにはいられない。新たな刺激を追求することがリスキーで苦労することがわかっていても、そっちの方が生きているという感覚になる。己の悲しい性かな。どうやら私はドーパミン依存症らしい。

そして、せっかくベルリンにいるのに、同じ場所を行き来するなんてもったいなすぎる、という謎の信仰。

学校を辞めることにしたが、積極的ドロップアウトということで、学校には行かないが、自分でドイツ語学習を進めることにした。やはり私の性格上、己のペースで進める方が自分の性格に合っていた。

そして学校に行かない分、時間が空くので、「自主学習を進めつつ、自分がこれまで絶対に行かない場所や、やらないことをすることで、己をアップグレードする」という謎の課題を課した。通常コースから外れるので、通常以上にクリエイティブかつ大きな効果をもたらすように、時間を使いたいと思った。

自分が絶対にやらないことなど、当事者である自分にはわからないので、ChatGPTに1週間のスケジュールを作成してもらう。

ドイツ語アレルギーだが、ドイツにいる以上は必須科目。ここで腐って投げ出すわけにはいかぬのだ。学校に行かない以上、自分でやるしかないという焦り。追い込まれた結果、どうにでもなれという思いで、とにかくいろんな場所でドイツ語を乱発。すると意外と通じた。ドイツ語オンリーでやりとりができたり、ドイツ語を話した方が店員の愛想がいいのでは?という新たな発見に出くわした。

そして通常のルートから逸脱した1週間を過ごした結果。ドイツ語の学習は全くもって捗らなかったが、モチベだけは向上。すべてが嫌になったら、一度距離を取るのは吉らしい。そして、自分が今までいったことのない場所へ足を踏み入れることで、その1週間は今までのどの1週間よりも、新鮮で刺激にあふれていた。