カラチ生活において車は必須だ。車を持つことは、単に目的地に行く足を持つということだけではない。生活における快適、安全、心の余裕もそれらに含まれる。
しかし、せっかく得た快適な生活を自ら手放すことになった。
それが運転手解雇事件である。
解雇した一番の理由は、面倒になったからである。
運転手と私の間に、共通の言語は存在しない。よって10単語ぐらいの英単語で、なんとか会話をつないでいた。
単純に学校と家を同じ時間に行き来するだけだから、高度なコミュニケーションはいらないだろう、と考えていた。
しかし、実際には明日は学校が休みだから来なくていいだとか、学校帰りに友達を乗せてギャラリーに行ってから帰りたい、などタスクが複雑化すると、途端に伝わらなくなる。
こちらが英語で説明しても、うなずきはするが、結局は伝わっていないのである。相手に伝わっていないのは、伝え手側の問題である。ウルドゥー語を話さない自分の問題だ。
決め手となったのは、学校が1週間休みだったのにも関わらず、その分の料金も請求されたからである。月間契約だったので、こちらにも払う責任はあったのだが、それでも1週間全く稼働していないのだから、交渉がしたかった。
しかし、彼は「ソレ、オマエのツゴウ、オレカンケイナイ」(単語数が少ないのでダイレクトに聞こえる)と一方的なうえ、「5000ルピー ハラエ」というメッセージが督促状のように届く。
これだけならまだしも、ちょっとなあと思うことが結構あった。
「エマージェンシー、1万ルピー!」
月初と月末に1万ルピーを渡す約束をしていた。しかし、月の半ばも行かないうちに、残りの1万ルピーをくれ!というのである。1万ルピーは約7,000円。
ひえっ
図々しくね?
聞けば、パキスタンではよくあることなのだという。
この辺りでパキスタンでは、自分の欲望をストレートに伝えるきらいがあるんじゃないかと思い始める。
車に乗っていると、こちらになんの相談もなく、家の方向とは全く違う方向に行き、自分の知人を乗せて寄り道しているし。おかげで30分かかるところを1時間かけて帰宅したこともある。
しかし、ウルドゥー語ができないので、こちとらなんも言えねえ。
くそう。
ATMでおろせる金額のMaxが2万ルピーなので、1万ルピーというのは安くない金額である。またどこでもホイホイATMでお金をおろせるわけではない。ATMでお金を下ろすのも一苦労なのである。
それを平気で1万ルピーくれ!という神経はどうかしてるぜ。
そして、彼は煽り運転手だった。
考えてみてほしい。煽られるならまだしも、煽り運転手の車に毎日乗っているのだ。やたらとクラクションを鳴らしまくるし、遅い車がいるとクラクションを連打させた上、相手の運転手席をのぞいて、「ゴラア、ひねくりまわしたるぞ」というジェスチャーと怒声を浴びせる。
ひえっ
そのジェスチャーがまた恐ろしいのだ。お前の首を捻り潰してやる、という敵意満々なジェスチャーなのである。
見ているこっちとしては、戦々恐々である。
煽るな★
ちなみにこのジェスチャーは、彼オリジナルのものではない。他の運転手もたまにやるので、一般的なものなのだろう。
煽りをするぐらいなので、運転もかなり荒い。日本の教習所で学ぶ、やってはいけない事例を大体網羅している。
「こんな運転はいけませんよ〜」というものを身をもって体感するのである。どうせなら、あおり運転をなだめる講習もしてほしいものである。
車線変更でウィンカーを出さない、シートベルトしない、ヘルメット被らない、無理な車線変更、スピードの出し過ぎなどは、他の国でもよくあるのでなんとも思わない。
しかし、急発進して他の車にぶつかりそうになったり、赤信号のところを無理やり突っ込んだり、命の危険性を感じるので困るのである。彼が信じているのはルールではなく、己なのである。
彼の運転を知る知人に相談したところ、それは問題ないレベルだ、と言われた。
マジかYo!
5,000ルピーを踏み倒してやろうかと思ったが、桃鉄のボンビーになりそうなのでやめた。しかも、報復として暗殺されても困る(パキスタンでは8万円ぐらいで暗殺者を雇えるらしい)。
というわけで、手切れ金5,000ルピーを渡し、別れを告げた。
「え?なんで?もう来なくていいの?」
煽り運転者は不思議そうにこちらをみやったが、それを振り切った。
そして、私は快適な足を失ってしまったのである。