哀しみのラクダレース【ドバイ郊外の町を行く】

ふとラクダレースをまだ見たことがないな、と思った。ドバイの砂漠アクティビティや砂漠のホテルに行くと、だいたい「観光用」のラクダが用意されている。

そうしたよそ行きの顔をしたラクダに5分程度乗って、我々は砂漠の国っぽいことをしたぞ!と思う。

けれども、私はいまだラクダのポテンシャルを目の当たりにしていない。

いざ、ラクダレースを見に行かん

話を聞くと、ラクダは馬と変わらない時速で走るという。観光客相手にノロノロと歩くあのラクダが、である。そんなラクダの真の姿を見たいと思いラクダレースを見に行くことにした。

街中であっても観光地あればラクダはその辺に常駐しているのがドバイである。しかしラクダレースとなるとレース場がある場所に限られる。さらにそれはドバイではなく、ドバイの郊外になる。

訪れたのは、ラス・アル・ハイマにあるアル・サワン・キャメル・トラック(Al Sawan Camel Track)だ。ラス・アル・ハイマは、ドバイの北に位置する首長国。人口26万人程度でドバイからは車で1時間半ほどである。

やっかいなのはここからだ。調べたところによるとラクダレースというのは、毎週金曜日の6時半から始まる。

時期は冬季の間、というざっくりした情報しかない。何日の何時からレースが始まるだのといった詳細は書かれていない。

日中の気温が30度近くにもなる3月は、冬季と言えるかは微妙である。しかも、私が行く金曜日にレースが行われるかは保証されていない。

逐一予定をはっきりさせたがる日本人としては、この行われるかどうか分からない、という不確実性は忌むべきものである。

しかしまあ、なかったらしょうがない。ということで、ドバイからラス・アル・ハイマに前日入りして、早朝にレース場へ向かうことにした。

当初の心配とは裏腹にラクダレースはちゃっかり行われていた。

おおお、やっているではないか。そしてレース場には、多くのラクダたちがいた。


一人当たり4~5頭のラクダを引き連れてレース会場へ向かう


すでにレースを終えたラクダの退場行進

レース場近くには、ラクダ関連のショップが並んでいた。


ラクダの首輪、手綱などを販売するショップ。首輪などは手で作られている。


ラクダ専門の薬局にて。ラクダ用のシャンプーや怪我をした時に使うバンテージなどが売られていた。


ラクダの餌を購入するラクダの飼い主。飼い主はほぼ全員がUAE人だ。

ロボット騎手が普及した背景には・・・

ラクダの上に乗っているのは、人間ではなくロボットだ。スイスのロボティクス企業、Kチーム・コーポレーションが開発したというロボット騎手である。


ロボットジャッキーを乗せて疾走するラクダ。ロボットには無線が入っており、ラクダの主たちがラクダと並走し、車から激励を送るシステム


レース場近くのロボット騎手販売店にて。ロボットの手につけられたムチが高速で回転する。ロボットの価格は700ディラハム(約2万1千円)〜。

ロボット騎手が使われるようになった悲しい背景にも触れておきたい。

ラクダの最高時速は65kmにもなり、また時速40kmをキープしながら1時間ほど走ることができる。ノロノロと歩く姿はラクダの仮の姿なのである。

馬と違い複雑な操作が求められず、そのため騎手は軽ければ軽いほど良いというのが常であった。つまりは大人よりも体重が軽い子どもの方が「良い騎手」であるとされた。

国際的な人権団体による批判を受け2005年にUAE、カタールで禁止されるまで、ラクダの騎手をつとめていたのは2~10歳の子どもたちであった。

さらにこうした子どもたちのほとんどは、パキスタン、バングラディシュ、スーダンから人身売買によって違法に連れてこられた子どもたちである。

親が貧しい家庭を助けるために、我が子を業者に託し、児童騎手として働かせることを容認していたケースもある。

そうした親が言うには、「こんなに貧しいのに、子どもに教育を受けさせてどうするの?ちょっとでもお金を稼いだ方がいいじゃない」という。

ユニセフが2005年に発表したレポートによると、UAEでは3,000人ほどの子どもが児童騎手として働かさせられており、そのうちの93%が10歳以下であったという。

騎手は軽ければ軽いほどよい、と言われていたので、子どもたちは太らない、大きくならないことが求められた。

元児童騎手であった子どものインタビューでは、太ってしまったために、ムチで打たれたという証言もある。

さらに違法に連れてこられた子どもたちなので、ラクダから落ちて怪我をしても病院に連れて行かれることがほとんどなかった。

まともな教育を受けることもなく、ひたすらラクダと過ごす日々である。

ユニセフのレポートを読むと、児童騎手として労働を強いられた子どもたちが、通常の生活に戻るための支援や経過を詳細に報告している。

なぜそこまでしてレースに勝ちたいのか。

伝統的な行事として行われていたラクダレースだが、近年ではその賞金の額が上がっていることが挙げられよう。

競馬と同じく、レースに強いラクダには高額な値段がつき取引される。2010年に開かれたラクダのオークションでは、ラクダ3頭が6.5百万ドル(約6.9億円)で購入されたケースもある。

賞金を稼ぐラクダへの投資も半端ない。ラクダ1頭を飼育するコストは4,000から5,000ディラハム(約12万から15万円)ほど。中には30万円以上もする蜂蜜や卵、牛乳などをあげる飼い主もいるという。

結局、金かあ・・・

ラクダだ!わあい!と無邪気にラクダレースを見ていたあの瞬間が懐かしくなった。ちょっとしんみりしてしまったので最後は「日本語に聞こえるラクダレース」で終わろう。

20代後半から海外で生活。ドバイで5年暮らした後、イスラーム圏を2年に渡り旅する。その後マレーシアで生活。大学では社会科学を専攻。イスラエル・パレスチナの大学に留学し、ジャーナリズム、国際政治を学ぶ。読売新聞ニューヨーク支局でインターンを行った後、10年以上に渡りWPPやHavasなどの外資系広告代理店を通じて、マーケティング業界に携わる。

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