空気がきれいで、雄大な自然が広がる北部パキスタン。ここには、大気汚染や水質汚染、テロといった危険性とは無関係に思えた。
しかし、北部ならではの危険性も存在する。
その日は、フンザを出発し、スカルドゥへ向かう予定だった。初日に立ち寄ったフンザの休憩所で朝食をとる。車で6時間以上の長旅になるので、さっさと出発したかった。だのに、ネイチャーボーイは優雅にチャイを楽しみ、朝食をとるだけで40分近くかかっている。
フンザを出発して2時間ほど経ったときのこと。道路の隅にマイクロバスがとめてあり、その近くではアジア系の団体観光客を見かけた。他の国であれば、中国からの団体客だと思っただろう。
しかしビジネスでパキスタンに来る中国人はいても、観光でやってくる中国人はいない。それに、この時期は日本の旅行会社が、春のフンザツアーをやっていたはずだ。
そんなことをぼんやり考えながら通過していった。
それにしても、到着するまでにまだ4時間以上あるのか・・・
!!!!
眼前に飛び込んできたのは、煙を巻き上げながら岩が道路へ落ちてくる映像だった。
それと同時にネイチャーボーイが、ガバッと身体を起こし、あたりを見回す。
その映像の5秒後に、土砂崩れ・・・?という思考が働き出す。
土砂崩れによる危険を察知したのは、それからまた数分後だった。
前を見ると、すでに何台かの車が立ち往生していた。300メートルほど先では、土埃がもうもうと上がっている。真っ白になって何がなんだかよくわからない。ただやべえことが起こっているのだけはわかった。
土砂崩れによって舞い上がる煙と雲が一体化している
すでに止まっている車やバスからは、乗客がわらわらと出てくる。心なしかみな嬉しそうである。突然のアクシデントに好奇心がかられたのだろう。しかし、10分もすれば好奇心は、退屈と不安に変わる。
様子を伺う野次馬たち
車が立ち往生している
一体、先がどうなっているのか。調べようにも、引き続き土砂崩れが起こっているとしたら、巻き込まれる可能性がある。
果敢にも調査を自ら志願する車もいた。しかし、10分後に帰ってきたかと思うと、車は土埃まみれ。「また岩が落っこちてきたんだが、幸いに逃げる場所があったからなんとか助かった」という命からがらの証言を残していった。
「つい先週もこの辺で土砂崩れがあったんだ。その時は4日ほど道路が遮断されたんだよね。この地区だけに起こっているから、地質と関係があるのかもしれない」
夏を除く時期、ギルギットからスカルドゥへ行くにはこの道路しかない。
土砂崩れが頻繁に起こる場所を野放しにしておいていいのか?
1時間近くたち、土砂崩れによる煙は収まった。これをみて10台ほど立ち往生していた車には、乗客が戻り次々と、土砂崩れが起こった方向へ進んで行った。残されたのは我々の車だけである。
「他の車も進んでいるんだし、我々もいけるんじゃない?」
しかし、ネイチャーボーイは冷静だった。
「対向車が来ていない」
聞けば道路が遮断されていなければ、対向車が来ているはず。対向車が来ていないということは、どこかで道が遮断されている。先ほどからこちらに来る車をすべてチェックしているが、すべての車が我々の方面から調査に向かった車だという。道路が遮断されており、再び土砂崩れが起これば逃げ道はなくアウトである。彼はそこまで読んでいた。
名探偵ネイチャーボーイ☆
「他の車はすでに進んでるのに?」
競合に遅れを取るまいと焦る気分である。
「おめえ、何言ってんだ。スカルドゥに行くのと、命のどっちが大事なのさ」
自然の厳しさを知る者の言葉だった。
まだ2日目だが、この地域で生まれ育ったネイチャーボーイの自然に対する知見には畏れ多いものがあった。また、ここの自然には都会人間の常識など全く通用しないこともわかった。
ぐぬぬぬ
「じゃあ、スカルドゥをあきらめて、引き返しましょう」
こうして我々は再び来た道を戻ることになった。
スカルドゥへ行けない残念さよりも、土砂崩れの現場を目の当たりにしたことの方が、重くのしかかった。
もし朝食の時、ガイドを急かして10分でも早く出発していたら(実際にそうしようかと思ったがやめた)?土砂崩れに巻き込まれて死んでいたかもしれない。そう思うとゾッとした。