極限状態の人間ドラマ。北極で全滅したフランクリン遠征隊を描く「ザ・テラー」

北極と聞いても我々にとっては、イマイチ想像がつかない場所である。

現代の我々でもいまいちピンとこない場所へ、1845年に129名の隊員を伴って北極へ乗り出したのがフランクリン遠征隊である。そして彼らの名を世に知らしめたのが、その北極探検で皮肉にも129名全員が死亡するという最悪の結末であった。

冒険ドラマなのに酒?

その顛末を描いたのがイギリス発のドラマ「ザ・テラー(The Terror)」である。あらすじからして、「南極物語」のごとく人間味ある泥臭い冒険物語を予想していたのだが、見事にそれを裏切られた。

冒険というより、イギリスの社交界を船にそのまま持ち込んだような光景が、ドラマの冒頭では展開されていく。まるで高級クルージングでもしているのか、というような北極探検とは程遠い優雅な光景である。

中でも寒い土地で育ったイギリス人ゆえか、やたらと隊員たちが酒を飲むのである。

船外に出ては酒。寝る前にも酒。ミーティング中にも酒。がんばった部下にも「よくやったなあ」と酒をグイっとやる。とにかく酒を飲みまくるのである。まるで水を補給するがごとく、酒を体内に入れるのである。

しまいには、「しまった!もうウィスキーがねえ!仕方がねえ。ジンやラムで我慢するか」とかいう始末である。それよりも心配することがあるだろうに。

シリアス系なドラマなのに、こうしたイギリス人のボケが垂れ流されているのである。しかし、やっている当人たちや見ているイギリス人たちにとっては、日常の風景の一部であるらしい。

イギリス人の独特なセンス

イギリス人というのは、やたらと奇想天外な言動で我々を驚かせる。それはこのドラマだけに限らない。会社にも多くのイギリス人がいるのだが、彼らもそんな感じなのである。詳しくはこちらに書いたので参照いただきたい。

イギリス人への偏ったイメージ

話としてはよく作り込んでいるなあ、と思うのだが、これもまたイギリス人の奇想天外なボケなのか、途中で謎の肉食巨大生物を投入してくるのである。隊員たちが知らないうちに惨殺されていく、という恐怖を煽るための小道具らしい。

シリアスなドラマに、SFのような生物を放り込まれてはたまらない。あれがなくても、ドラマとしては十分に出来がいいのに、わざわざその世界観を破壊しにいく、感覚はよくわからない。

本物のディズニーランドにいるのに、わざわざ中国にいるような偽物のミッキーを投入するぐらい、理解に苦しむ行為である。

ちなみにこのドラマは18禁。グロい系が苦手な人にもおすすめしない。凍傷した隊員の指先をニッパーで切ったり、死んだ隊員の肉を切り取り、食べるシーンも鮮明に映し出される。

なぜわざわざそこを見せる必要があるのだ?というぐらい、謎の巨大生物に続き、必要なのか?と思うのだがイギリス人のセンスとしてはどうしても入れたかったらしい。

そんなトリッキーな場面に萎えながらも、一気にシーズン1を見終わった。ここでは、イマイチ魅力を伝えきれなかったが、本当に面白いドラマなんですよ。ドラマはアマゾンのプライムビデオであれば、無料で視聴可能

フランクリン遠征隊を追いかけた日本の冒険家

ドラマでもそこそこ楽しめたのだが、やはりドキュメンタリーに近い形のものがいい、ということで「アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極」を読んだ。こちらは本である。

冒険家の角幡唯介が、実際にフランクリン遠征隊が通ったであろうルートを辿る北極冒険記である。こちらの方が、史実や遠征隊の情報が多く、あの時代一体何が起こったのか、という真実に近づける。何より、「北極」という非日常空間で、人がどうなっていくのか、を如実に記録した書としても読み応えがある。

北極といえば、極端に寒いぐらいしか思い浮かばないが、それ以上に我々の想像が及ばないことが起こる。

北極でソリを引いての移動は、通常の何十倍もカロリーを消費する。1日5,000キロカロリーの食事をし、それでも最終的には食べても腹が減るので、体の脂肪分がすべてなくなり、旅を終えた頃は”ムエタイ選手”のような体つきになったという。

腹が減ったあまりに、麝香牛や雷鳥を銃で殺して、解体して肉を食べた様子も恐ろしく淡々と描かれている。詳細は触れないが、このシーンはなぜかほろり、とくるものがあった。

腹が減ると、人間は我々の知っている人間ではなくなる。

フランクリン遠征隊は、あまりの飢餓から死んだ仲間を食べた、とも言われている。本書では、イヌイットたちが、実際に人肉を食べるイギリス人の亡霊を見た、とも書かれている。

そこに広がるは未知の世界。我々が決して行こうとしても困難な場所へ、この本は手軽に連れて行ってくれる。