ルーヴル美術館が人生を変えた

これまでは、西洋美術に全く興味がない人間だった。美術館に行っても退屈である。だから行かない。テンポラリーアートなんぞごめんである。

そんな人間だったが、憧れを潰しにパリへ行った。パリに行ってルーヴルを外すわけには行かない。半ば修学旅行のプログラムをこなすように、ルーヴルを訪れた。ルーヴルを出る頃には、すっかり西洋美術の虜になっていた。単細胞な人間である。

これは、全く西洋美術を知らない人間が、美術館をどう楽しんでいくのかという備忘録である。

有名な絵よりも自分が好きな絵を見つける

事前学習なしで行ったので、とりあえず人波に流されるままに、有名どころへ漂流する。モナリザ→ニケ→ミロのヴィーナスといった具合である。特に有名作品を見ても、ピンとこない。

美術館の各所にあるモナリザ案内図


ミロのヴィーナスはこの通り

それにみんなが好きなものは、好きになれないタチである。同じ理屈で、私はカレーが嫌いである。味が嫌いなのではなく、思想的に許せないのである。

美術館を漂流していくうちに、「これいいな」、「なんだろう」というものが見つかってくる。そうした作品について調べたり、じっくり見ていると面白い。逆になんで自分はこれが好きなのか、といった自分分析にもなる。

同じ作者なのに作品によって人気度が違う

同じ漫画の作者でも大ヒット作は絶大なる認知を誇るが、デビュー作は知られていないことがよくある。それは世の常なのかも知れない。

ダヴィンチの「モナリザ」は、めちゃくちゃ人がたかっていた。他の素晴らしい作品が展示されているにもかかわらず、モナリザ一強と言わんばかりの空間。特別なセットがしつらえてあり、モナリザSPが2名も常駐している状態である。紅白でいう小林幸子みたいな扱いである。


モナリザは人をかき分けて進まないと見れないシステム

一方で、同じくダヴィンチの「美しきフェロニール」は、先ほどの群衆たちは皆スルーしていた。しかし場所が変われば扱いも変わる。日本では2026年9月からルーヴル美術館展が開催される。その目玉が「美しきフェロニール」である。ルーヴルではモブとなっていたフェロニールが、日本初凱旋で主役作品になるのである。


ルーヴルでモナリザは至近距離では見れないが、フェロニールは間近で見れる

美術館を回っているとこうしたパターンが結構ある。ドラクロワの「民衆を導く自由の女神」には、大勢の人がいるが、ドラクロワの自画像や他の作品は、凪である。ロダン美術館にある、ゴッホの「タンギー爺さん」も凪である。個人的にはこの”凪スポット”が穴場だと思う。


人がいない”凪”スポット

そのほかのダヴィンチの作品も見ると、「へーこんな絵も描くのか」といった意外性もある。個人的にはよく知られた作品よりも、知られていない作品を見ることに、面白みを感じたりする。

スケールが違う

絵なんてわざわざ見に行かなくても、ポスターとかでいいじゃん?と思っていた。しかし、「民衆を導く自由の女神」の本物を見て、大きな誤りであると反省。教科書の隅っこに小さく載っている「民衆を導く自由の女神」は、「民衆を導く自由の女神」ではないのだ。よく見ると、印刷物ではわからないような小さなフランス国旗が描かれていたりする。


教科書の隅っこに紹介されていた絵の本物はこのスケールである

ルーヴルにあるフランスやイタリア絵画は、特に巨大だ。家に飾るような通常の絵のスケールとは違う。このスケールのデカさこそが、当時の政治背景や絵画のステータスを物語っている。それらをルーヴルという歴史的な建物で見るからこそ、また見えてくるものがあった。

自分の教養のなさがわかる

絵を理解するのに、教養も必要だなと感じた。ヨーロッパの政治歴史はもちろんだが、ギリシャ神話やシェイクスピア、ダンテなどの作品をテーマにしたものもあり、シェイクスピアの「ハムレット」のワンシーンです・・・と言われても、「あのシーンね」とならない。


ドラクロワの「墓地のハムレットとホレイシオ」

ドラクロワの「ダンテの小舟」

シェイクスピアもダンテも知らない、自分の無知ぶりに愕然とした。恥を知った私は、急いで本屋に向かいダンテの「神曲」をゲットするのであった。

ルーヴルは私にとって、感性を揺さぶられるというより、「自分は無知だ」、「世界にはまだ知るべきことがたくさんある」という事実を突きつけられたような気がした。豊穣な表現の世界を理解するには、教養という武器がいる。そうした武器を身につけたい。世界をもっと広くよく知りたい。ということで、私は美術館巡りの旅を始めるのであった。