石油で国は本当に潤うのか?石油に沈みゆく国【クウェート・シティを歩く】

クウェートといえば、石油である。であるから自然の流れで、石油で潤うリッチな国を想像してしまう。

けれども実態は違った。

ドバイに住む人間の悪い癖が出てしまったらしい。ドバイが潤ったのは、石油だけに限らないにしても、石油がごまんとあるアブダビからの支援もあり先進国と同様のインフラが整っている。

消えつつあるリッチな産油国の姿

ゆえに他の産油国も、同じようなインフラレベルなんだろうと勝手に期待値を上げてしまう。それが失敗だった。

しょっぱなから出鼻をくじかれた。空港から乗り込んだタクシーはオンボロ。ボロいだけなら味わいがありますね、と言えるが、ボロいに加え汚い。私服のタクシー運転手も片言の英語で、会計時にはつり銭を持ち合わせてないからと言って、てへぺろとごまかす。

それが、他の国であれば驚くに値はしないが、勝手にリッチな産油国とハードルを上げていた分、戸惑いは隠せない。

これが産油国の実力なのか・・・?

現在のクウェートで世界最大級の石油が発見されたのは、1938年のことである。それから1990年のイラク侵攻あたりまでは、ずいぶんと石油収入で潤っていたという。

そんなクウェートの石油で潤っちゃったもんね!武勇伝のいくつかを紹介しよう。

石油武勇伝その1

イラク侵攻によりクウェートからヨルダンに逃れてきたクウェート人難民について、「ベンツでキャンプに乗り付け、駐車場をどうするかで言い争っている。こんな難民は見たことがない」と国境なき医師団に言わしめたことがある。悲壮感ただよう難民というよりも、高給取りのホワイトカラー難民であったことがわかる。

石油武勇伝その2

イラク軍に占領されているにもかかわらず、国を追われた40万もの自国民に生活費を支給。多国籍軍のための費用を25億ドル負担したという太っ腹ぶりを見せつけた。

といった具合である。そんな産油国の武勇伝もどこへやら・・・クウェートの街は、のどかだけれども、どこか東京の蒲田のような哀愁を漂わせていた。

おそらく街中で時々目にした、イラク侵攻時の建物や老朽化した施設のせいだろう。


アル・ムバラキヤスーク近くで見つけた味わいのある建物。相当ガタがきている。週末のスークは人でにぎわっていたが、廃墟と化した飲食店などもそこかしこにあった。


グランド・モスクやクウェートの証券取引所、Boursa Kuwaitが位置する市内の中心地にあった建物の。よく見ると、同じ建物でありながら、窓の色や形がそれぞれ異なる。アーティスティックな雰囲気を出している。


クウェートのシンボル、クウェート・タワーから徒歩10分ほどの場所に突如として現れた廃墟。歴史的な建物の匂いはするが、敷地内は閉鎖されていて立ち入ることができない。


クウェート・タワーの展望台から見た、だいぶ劣化しているアクア・パーク。昔はずいぶんと人で賑わったのだろう。日本の高度成長期時の屋上遊園地のような哀愁が漂う。

見るに数十年前のクウェートは、当時では最先端を行くオシャンティな近代都市だったのだと思う。事実、クウェートは80年代までに当時としては最先端の経済・社会インフラを整備し、イラク侵攻が起こった1990年以前はアラビア半島の経済のハブだった。

一方で、インフラの維持・管理にかかる体制や人材育成が必ずしも十分でなく,インフラの更新・再整備も後手に回り続けた。そのため,現在、インフラの老朽化・劣化が深刻な問題であることも指摘されている。

クウェートを蝕む病

さらにクウェートは、湾岸諸国で肥満率No.1の国でもある。またアメリカよりもその肥満率は高い。空港、街中を見渡しても、アジアからの出稼ぎ労働者を除けば、やや太めな人が多かったのが印象的だ。

街にはマクドナルドやKFC、キングバーガーなどアメリカのファストフード店が並ぶ。夏は気温が50度近くになることや、車移動が基本である生活といった肥満を誘発する要因もある。

さらに国民は、肥満が引き起こす病気や影響について無知であることも否めない。クウェートの人々は知らないのだ。マックを食べ続けるとどうなるのか。ぜひともアメリカのドキュメンタリー映画、「スーパーサイズ・ミー」を視聴することを勧めたい。


クウェートの肥満問題を取り上げたVICEニュースの特集

一体、莫大な石油収入はどこへ消えたのだろうか。

はたから見ればこの国で見えたのは、繁栄のかすかな名残にぶら下がる出稼ぎ労働者たちと、政府からの手厚い福利厚生とファストフードで体を膨らませた裕福な一部の人々である。

2017年にクウェート政府は、「ニュー・クウェート」なる国家開発計画を発表した。2035年までにクウェートを金融、文化のハブにし、石油収入に頼らず収入の多角化を目指すというものだ。この手の政策は以前にもあったが、成功はしていない。

もしや、ほとんどの収入は国の3割程度を占めるクウェート人たちへのバラマキに使われたのではないか。本来であれば、国を支える国民への手厚い教育と訓練に使われるべきではないのか。

かつてのバブリーなクウェートは、「石油に浮かぶ国」と呼ばれていた。しかし、今のクウェートは「石油に沈む国」になりつつあるのではないか。そんな考えがふと頭をよぎった。

20代後半から海外で生活。ドバイで5年暮らした後、イスラーム圏を2年に渡り旅する。その後マレーシアで生活。大学では社会科学を専攻。イスラエル・パレスチナの大学に留学し、ジャーナリズム、国際政治を学ぶ。読売新聞ニューヨーク支局でインターンを行った後、10年以上に渡りWPPやHavasなどの外資系広告代理店を通じて、マーケティング業界に携わる。

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