ラマダン中、断食をしているムスリムたちが関心を寄せるのが「いかにヘルシーな食事をするか」だろう。
なにせ日中は飲まず食わず。断食が開ければ家族や親戚と食事。日が暮れてから飲み食いし始めるので、必然的に活動時間が夜型になる。
これが約1ヶ月間続くのだ。食べすぎや生活の変化で、正月太りならぬ「ラマダン太り」に悩まされるムスリムたちは少なくない。
メディアでも、いかにヘルシーな食生活かをするかという特集を必ず目にする。
しかし、ヘルシーな食生活よりも、私にとって深刻だったのは口臭問題である。
「住んでみた、わかった! イスラーム世界」という本でも、ラマダン時期になると口臭が強くなる人が多い、と紹介されていた。
太るのは自己完結型なので問題はない。しかし、口臭ばかりは、他人を巻き込む恐れがあるため、看過することはできない。
「あいつ、口臭くさくね?」と他人の心の中で思われ、決して本人にはその事実は伝えられないのだ。これほど残酷なことがあるだろうか。
このことをパイセンに話すと、「それはさ、断食してるからじゃなくて、歯に食べかすがつまっているからだよ」という。
事実、このパイセンはラマダンが始まっても一向に口臭がする気配がない。しかし、他方の先輩からは少々例の香りがする。
この事実が、私も口臭を発しているのではないかという不安に私を陥れるのだ。
「ラマダン中はずいぶんと静かだねえ。口数が減ってるんじゃないの」と断食していないイギリス人上司から指摘を受ける。どうやら上司は、私が断食しているがゆえに口数が減っていると思っているらしい。
違うのだ。
自分の口臭が怖いゆえに無口になっているのだ。できれば、一言も話さずにやり過ごしたいが、仕事なのでそれは無理である。
マスクという手も考えたが、マスクが時計やメガネと同様に、顔にあっても違和感を醸し出さない立派な地位を築いている日本社会とは違うのだ。
マスク=やばい病気におかされているというイメージを持つ社会においてマスクをすることは、「私が病原体です☆」と言いながら歩いているもんである。
ちなみにこうした社会においては、人は口をおおうこともなく、咳を遠慮なくぶちかます。私めの菌が他人様にご迷惑をかける、という菌レベルのお付き合いを気にするのは日本人ぐらいである。
口臭が気になって、断食どころじゃない。口臭を撒き散らすぐらいなら、断食をやめようとすらも考えてしまう。夜もおちおち寝ていられない。
ということで、口臭対策について調べ、徹底的に実践する。せっせと糸ようじを使い食べかすを取り、舌までクリーニング。
ちまたで紹介されている、口臭セルフチェックもトライ。コップやビニールに自分の息を吐き、10秒待つ。そしてふたたびその空気をにおえ!というものだ。
しかし、現実はいつも残酷だ。
どんだけ口臭対策への努力をしたとしても、本人は己から口臭が発せられているか否かを知ることがないのだ。
その合否の結果を知るのは他人だけ。そしてその結果は本人には決して伝えられない。これほど報われないことがあるのだろうか。
私にとってはひどく深刻な問題だというのに、ラマダン特集で「口臭対策ガイド」がトピックにのぼることはほとんどない。
そもそも口臭があっても気にしない人が多いのか。それとも大抵の人は口臭を発しないスマートなラマダンを遂行しているのだろうか。
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