ベルリンに住むムスリムは人口の約8%。その多くはトルコ系移民が占める。第2次世界大戦後に労働力不足を補うための政策としてやってきた彼らだが、その多くがドイツに残り今に至っている。
私が住む地域では、トルコ系移民のためのコミュニティもあり、街中ではよくトルコ語が聞こえてくる。その他にも中東のパレスチナやシリアなどからの移民も多い。
ドイツのみならずヨーロッパにおいてモスクは、「隠れ家」と化している。祈りの時間帯を告げるアザーンが聞こえてくることはないし、一目見てモスクだなとわかるミナレット付きのモスクはごくわずかだ。大半のモスクは、アパートなどの一室を改装して作られたものだ。だから、普通に生活していれば商業施設やアパートだと思ってスルーしてしまう。
そんな中見つけたのが、「リベラルモスク」だ。Google Mapで偶然見つけたのだが、何せ口コミ評価が低すぎる。大半のモスクはベルリンに限らずどこでも、星4~5以内に収まるのだが、星2.6というとんでもない低評価を叩き出している。口コミを見ていくと、「これはイスラームではない」、「モスクを語るな」など怒り心頭の言葉が並ぶ。
これはどういうことか。
その実態を知るべく、私はミッテ地区にある「リベラルモスク」こと、イブン・ルシュド・ゲーテ・モスクへと向かった。ここはなぜか、金曜日の礼拝時にしか開いていない(大半のモスクは毎日の祈りの時間はオープンしている)。モスクは古い教会施設の一室にあった。
入り口付近には警察官が数名がたむろしていた。これはのちに知ったが、「リベラル」ゆえなのだ。過去にISISから攻撃の標的になっていたことや(容疑者は計画時点でドイツ当局に逮捕されている)、2017年の開設直後から設立者への誹謗中傷や脅迫が続いているということが原因だという。驚きだったのは、その発信者が非ムスリムではなく、身内のムスリムたちということである。
常に「狙われているモスク」は、初めから全てが違った。まず入るのに、ブザーを押す。中の人が訪問者を確認し、招き入れてくれて初めて足を踏み入れることができるのだ。通常モスクというのは、誰もが自由に出入りできる場所である。

モスクの入り口。中から開けてもらわないと入れない
そして、中の人から「ここはリベラルモスクだけど・・・」などと、大概のモスクでは発生しないプチ説明会を施される。了承したと伝えると、一応ということで荷物検査を行い、ようやくモスク内へ入れるのである。見慣れぬ「新顔」への警戒心が見て取れる。
ようやく入れたと思いきや次に待っていたのは、居心地の悪さであった。吹き抜けの広い空間には、大きなテーブルと椅子があり、人々がお茶を片手に談笑している。祈りに特化したモスクというより、コミュニティスペースのような雰囲気である。
私はその面々を見てぎょっとした。別にタトゥーがあったり、ヨーロッパ人だからというわけではない。短パンの男性に、タンクトップで胸の谷間が見える女性。モスクでは見かけない様相だからだ。
「このリベラルモスクはね、路上を歩くような普段の格好で祈ってもいいんだよ。男女が一緒に祈ることもできるんだ」
先ほど説明会を施してきた案内人の男性が教えてくれた。彼はトルコ系だが、生まれはベルリンだという。
「僕はこれまでにいろんなモスクを渡り歩いてきたんだ。ワッハーブ派のモスクとか。けれども、最終的にこのモスクが自分にぴったりだって気づいたんだ」
近くにリーフレットのようなポストカードがあったので、手に取ってみると、そこにはゲイのカップルの写真。そして「私はムスリムです」という文字が添えられていた。
ここではLGBTQ+をはじめ、イスラームで禁じられているアラックという蒸留酒を飲む人々もムスリムである、と主張しているらしい。さらには、ここでは女性がイマームを務めることもあり(伝統的なイスラームでは男性のみがイマームを務める)、目以外の顔全体を覆うニカーブの着用も禁じられている。
一言で言えば、ここは男女平等、LGBTQ+の権利などリベラル思想を強く押し出している場所である。モスク内には、大きなレインボーフラッグが垂れ幕のように2つ垂れ下がっていた。
机にもレインボーフラッグ。礼拝までの間、お茶やクッキーでやり過ごす
ぐだぐだとした雑談の時間が流れている。
気まずすぎるぞ・・・
ようやく礼拝の時間が始まったかと思いきや、空間内の全ての人が礼拝に参加するわけではなく、パラパラと志願者だけがカーペットが敷かれた祈りの空間に参列。気まずさと違和感からか、私はそこに加わることができなかった。
リベラルモスクでは、男女が横並びで一緒に祈る。中には短パンで足がむき出しの女性もいる。カップルらしき男女だろうか。隣り合って座っており、祈りの最後にはなぜかキッスで締めていた。見たこともないモスク内の異様な光景にたじろいだ。
ひえっ!?
このキスシーンでもって私の混乱はピークに達した。動揺しながら私はそそくさとその場を後にした。そしてパニック状態の頭を沈静化させる手段として、近くにある別の「モスク」に行くことにした。
そこではいつものように、「お前はあっち」と言わんばかりに、「隔離」された女性専用の礼拝所を案内された。女性たちは皆ヒジャーブとアバヤで身体を覆っている。男性と女性のスペースの間には、大きな垂れ幕がかかっていて、お互いに見えないようになっていた。私はこの「伝統的なスペース」に安堵していた。

伝統的なスペース
不思議なものだ。かつてはこのスペースが、窮屈に思えていた。けれどもその窮屈を取り払ったスペースは、もっと窮屈だったのだから。
人数と構成員からして、「リベラルモスク」はイスラーム教のモスクとしてそれほど人気を集めているものではないということはわかった。リベラルを支持する人たちだけのためのコミュニティ。
言論の自由を重視し、イスラーム教の国ではないからこそ生まれる場所なのだと思う。これまで世界各国のモスクを見てきたが、レインボーフラッグを掲げるモスクは、ここが初めてだった。そうした意味では稀有であり、ベルリンらしいと言える(ベルリンではLGBTQ+が広く受け入れられ、レインボーフラッグがそこかしこにある)。
多くのムスリムたちが、ここを「モスク」と呼ばない理由が理解できた気がする。モスクとは何か、イスラームとは何か。あの場所は、その本質を改めて考えさせられる場所でもある。
