なぜ私は今、上半身裸なのだろう。
ブラジャーのヒモをひっぺがされて、背中や腕などをタッチされている。
30分前に私が入ったのは、カラチの美容院だったのだが、なぜかこんなことになっている。
髪だけを切るつもりで入ったのだが、「お客はん!抜け毛がひどいから、ボトックスおすすめしまっせ!」というので、素直に応じてみた。
パキスタンでは、何事も断らない方が、面白いことが起きるのである。
髪のボトックスというから、髪に何かを塗るのかと思いきや。
「服を脱げ」
ひえっ?
小学生が水泳の時間に使用するタオルみたいな、白い布切れ(透けてる)一枚を渡され、トイレに押し込められる。
とりあえず服を脱ぎ、布切れだけを装着し、店内へ戻る。オシャンティな客であふれる女の花園だというのに、お化けみたいな格好でたたずむ私。
こんな辱めを受けたのは、イスラエルのベン・グリオン空港以来である。
お姉さんが、ブラヒモを外し、オイルを塗りたくり、あそこやこんなとこへとマッサージをし始める。日本だと服越しに肩マッサージが一般的だが、直肌on直肌で、お姉さまの手が私の小汚い身体をほぐす。
そういう店なのかしらん・・・
私が謎のマッサージに動揺していると、奥からマダムがやってきた。
「何かお困りのことはないかしらん?」
パキスタンではこうして、英語ができる人がどこからともなく現れて、助けてくれる。
「アナタ、抜け毛が気になるそうじゃないの。それなら、玉ねぎの汁がおすすめよ。ちょっと臭いがするんだけどね、作り方は簡単。それにボトックスをするよりもだいぶ安上がりよー」
施述している店員と客の横で、堂々と営業妨害を展開するマダム。
そう。パキスタンの親切は、親切に見えて独りよがりなことも多い。
というわけで一連の施述を終えてお会計。
その額。
ななななななんと!
1万2,000円!!!!!
日本だと大した額ではないが、パキスタンの物価からすれば、日本円で10万円ぐらいの感覚である。というか、日本でも美容院代にこんな額払ったことねい。
物価が安いパキスタンで、こんな高額を叩き出してしまうとは。
カットは3,000円ほどだったが、あの謎のマッサージ+トリートメントが、8,000円以上もしてやがる。キエーと発狂しそうになったが、まあ面白い体験ができたのでよしとしよう。ちなみにレシートは、破ったノートの端きれに手書きで値段を書いたものだった。
世界観、おかしいだろ
お会計では、どこからともなく現れた、儲かっている女社長みたいな人が登場。
「あら、お客さんどこからきたのー?パキスタンはどう?そう、ドバイにいたんなら、夏の暑さも平気よねえ」
「うちはヘアカット以外にもサービスを展開してるんだけどお、もし次回いらっしゃる予定があるなら、メニューにはないサービスもしちゃうわよお」
ははあ。
どうやら太客認定されているらしい。
そりゃそうだ。なんたって1万円以上も払っているんだから。現地の中間層平均月収の3分の1にあたる金額を、1時間で消費してるのだ。
ひとしきり営業トークに付き合うと、今度はインスタ用の動画を撮らせて欲しいという。とりあえず店の紹介をしてくれればいいという割に、
「私は日本から来ましたー。これこれのサービスを受けて、良かったですう。みんなも来てね、と言ってくれればいいからあ」
ちゃっかりセリフまで決まっている。茶番だ。
さらに、振り向きざまに髪をかきあげるシーンやって!というので、その無茶振りにも答える。
人生で一度もやったことねえわ。
そう。パキスタンで外国人はパンダなのである。
外国人というだけで、どんな出で立ちをしていようが、チヤホヤされる。そしてだいたい、「外国人がうちの店のサービスを利用してくれた!」というプロモーションに駆り出される。過去にも何度か、こういうことがあった。
どこへ行っても写真を撮られたり、人が話しかけてきたり、時には、その”希少性”を自分が知らないところでも利用される。まるで芸能人だ。
ウヘヘヘ。芸能人気分というわけでなく、そっとしておいてほしい一般人なのに、芸能人のような扱いを受ける困惑と不条理さである。
髪を切るだけで、これだけのアトラクション。楽しいんだか、疲れるんだかよくわからん。