気づいたらベルリン行きが決まっていた。何せほんの数ヶ月前のドイツのイメージといえば、ソーセージ、メルケル首相、ネオナチぐらいだからである。
だから、移住を決めた確固たる理由も、その時はなかった。実際に移住の準備をし始めて、ようやく理由が遅れてやってきた。そう、まるで花火のように、移住という光が先に見えて、後から理由という音がやってきたのである。
トップレスを普通に扱える人間になりたい
は?と思われるかもしれないが、極めて真面目な理由である。以前にも書いたが、ベルリンの公園でトップレスの女性を見た時の衝撃たるや・・・そして、横にいるドイツの友人たちは、何事でもないかのようにその懸案を扱っていたのである。
トップレスなんてなんてことない・・・だと・・・!?
な、なんて猛者なんだ
その時の私がアマチュアボクサーだとすれば、ドイツの友人=3階級を制覇したプロボクサー並に、かっこよく見えたのである。
ベルリンに移住したら、私もトップレスが普通に思える人間になれるかも・・・?
そうした期待がある。これはあくまで一例に過ぎないが、今まで日本や中東圏にどっぷり浸かっていた私にとって、EUは何もかもが新鮮だった。そしてベルリンで見たものは、そのすべてが私にとって”異常”に見えた。
そんな場所に住んでみたらどうなるのか
思いもよらぬ方向に自分が変わるんじゃないか
ベルリンと私を混ぜたらどんな化学反応が起きるのか。そんな人体実験を楽しみたいのである。
町が綺麗でないというギャップ萌え
ヨーロッパ=綺麗で潔癖で何の変哲のない場所、だと思っていた。しかしベルリンに行ってみるとそうでもなかった。意外とカオスで人間味がある。そのギャップにやられた。クラスの優等生がヘビメタバンドをやってる、みたいなギャップにキュンとしてしまったのである。
ギャップは、その人や町についてもっと知りたい、という好奇心を誘う。イスラエル留学を決めたのも、元々の目的はパレスチナに行くことで、イスラエルはついでという位置付けだった。しかし、意外とヨーロッパ風な街並みや変なユダヤ人たちの存在というギャップにやられ、留学を決意したのだった。
特に私のお気に入りは、町の至る所にあるグラフィティ。日本では”落書き”として認定されているが、ここベルリンでは”アート”として、確固たる市民権を築いている。ベルリン在住のドイツ人に、日本では”落書き”と呼ばれていると言ったら、「あれはアートだ!」と憤慨していた。そんな”落書き”もアートとして受け入れる感性に浸ってみたい。
グラフィティだらけのいかつい駅に、普通の市民がいるというこのギャップが愛おしい・・・
アートとカルチャーの街
ベルリンを見て思ったのは、どこかアウトロー感が漂いながらも、アートとカルチャーに誇りを持っている姿である。そして、それこそが私がマレーシアに住んでいて欠乏しているものだと、常々感じていた。
ドバイもそうだったが、マレーシアで生活を営んでいると、マニアックな趣味を追求したり、そうした趣味をみんなで分かち合おうと言ったイベントが少ない。ところがベルリンでは、毎日のようにどこかで何らかのイベントが開催されている。
ベルリンに移住すれば、クリエイティブな人間になれるかも?という単細胞な勘違いさえ抱いてしまう。移住前だと言うのに、ベルリンであんなこと、そんなことしてみたい、といったワクワク感が抑えられない。ベルリンにはそんなパワーがあると感じた。
都会なのに緑が多い
ベルリンでいいなと思ったのが、都会なのに落ち着いているということ。人がそもそも少ないというのもあるが、これだけ交通網が整っていて便利な生活が送れる上に、町中には憩いの公園がそこかしこにある。
市民はそうした公園でぼーっとしたり、くつろいだり、シンプルに時間を過ごしている。日本で大人が公園でぼーっとしていたら、無職か暇人と扱われるのがオチである。暑すぎるドバイやマレーシア、人が多すぎる東京。そうした都市にはない、ゆるりとした時間がここでは流れている。
イスラーム圏からの卒業
中東・イスラームに興味を持ってからはや15年以上経つ。その間に、イスラーム教に改宗してみたり、モスク巡りをしたりと色んなことをやった。そんなわけで、気づけば10年近くイスラーム圏に住んでいたことになる。
好奇心は旺盛だが、1つのことに何十年も費やせるほど、モチベは高くない。気づけば、イスラームや中東は、自分にとって当たり前のこととなり、驚きや感動が減っていたように思う。
おまけに最後に住んだイスラーム圏のマレーシアは、中華系やインド系など多様な人々が住む国。東南アジアのおおらかさもあってか、全体的にゆるいのである。そんな中で自分がどんどん解放されていくような気がした。バーで酒を飲み、タトゥーショップの店員と仲良くなり、短パン半袖で外をうろつき・・・どれも今までの場所では考えられなかったことだ。もちろんそれまで制限されている、とは感じていなかったが、無意識にどこかでストッパーをかけていたのかもしれない。
そろそろ次のステージに行ってみる時期なのかもしれない。そんなわけで、まったく新しい新天地、EUを選んだのだった。
ベルリンじゃなきゃダメなんだ
移住することを周りに伝えた時、私はドイツではなくベルリンに行くのだ、ということを強調した。そう、ミュンヘンでもなくデュッセルドルフでもなく、ベルリンじゃなきゃダメなのだ。もちろんベルリン以外に行ったことがないというのもあるし、私が惹かれたのはあくまでもベルリンなのである。
別に移住にたいそれた理由が必要だとは思わない。しかし、前回のマレーシアで学んだのは、特に理由がないとその場所にいる理由も無くなってしまい、後々自分がキツくなるということである。興味のない人との付き合いが面白くないように、やはりパッションや興味というのは、その場所とどう向き合うかにもつながってくるように思う。