通りすがりのインフルエンサーとニケツしてみた

タイトルからして意味不明である。けれども、生きていると予想もしない、不可解なことに遭遇することがある。

ちなみにかつての世にも奇妙なシリーズはこちら
朝っぱらからイギリス人にたかられた
夜中に知らない人からのインターホン。開けてみたら・・・

ジムへ行こうとした時のこと。いつものように歩道を歩いていたのだが、向かいからやってきた自転車男が急に声をかけてきた。

「ドイツ語?英語?」

ベルリンでは、まず言語を選択してから会話が始まることがよくある。このシステムが採用されている場所を、ベルリン以外に私は未だ知らない。見えるはずのない言語選択ボタンが、目の前に出現しているかのような気分になる。

「これ、俺っちの新しい自転車なんだけど、一緒に乗らない?」

男はタンデム自転車の後部座席を手でぽんぽんしながら、謎の問いかけを始めた。

ひえっ

道を聞かれるかと思いきやこれである。通常であれば、怪しすぎるのでスルーするところだろう。しかし、私は通常の人が取りたがらないリスクをとる怖さよりも、訳のわからない状況に乗っかった先に、何があるのかという好奇心にいつも負けてしまうのである。

「これ、乗ってもタダなんですか?」

なぜ自分でもこんな質問をしたのか分からない。タダと見せかけて、最後に金をぼったくるというシナリオに各国で遭遇しすぎたせいかもしれない。見知らぬ人の謎のオファーは、まず怪しめという旅行者の格言が染み付いた結果だろう。

まあ人通りが多いし、自転車なら飛び降りれば逃げられるしな。

というわけで、自転車の後部座席にまたがり、ニケツ走行が始まった。いつも歩いている道をブーンと自転車で走るのは爽快。自転車と歩きでは見える世界も違う。

自転車に乗りながら会話が始まる。

「君はどこ出身なの?」

「日本」

「君は?」

「エジプト。でもドイツに住んでからは長いんだ」

「マーシャアッラー!」

「え!君ってアラビア語しゃべれるのう?」

男は驚いた様子だった。背後からでもわかる。「俺の自転車に乗らない?」という謎のオファーに対するカウンターパンチ。後ろに乗せた謎のアジア人女が、いきなりアラビア語を話すのである。

10分ほどしてジムの近くまで来たので、降ろしてもらう。

なんだろう。このドキドキ(恋愛的なものではない)は・・・

かの『ローマの休日』のバイクシーン然り、『魔女の宅急便』のトンボとキキが自転車でニケツするシーン然り、とにかくニケツというものは、とんでもないワクワク感を引き起こすものらしい。

インドネシアの虎が出没するジャングルで、焚き火の最中にその辺にあるものをとにかく燃やしてみた時の感覚と似ている。本来なら、社会ではよろしくないとされていること。その社会的制約から解放されて、童心に帰るあの感覚。

「俺っち、さっきまであそこのレストランで撮影してたんだよ。TikTokで動画上げててさあ。ドイツを解放せよ!というスローガンで街中の人にインタビューする動画を上げてるんだ」

スローガンの内容が引っかかったが、どうやら男はティックトッカーらしい。しかし、フォロワー数を見るとなんと4万人!インフルエンサーじゃないか。

「今度一緒に動画撮ろうよ〜」

なるほど。これが動画配信界の社交辞令か。

SNSや人間関係界隈にあまり明るくない私は、最近になってようやく知った。初めて知り合った人は、電話番号ではなくて、インスタをとりあえず交換するものだと。そして、とりあえず関係が浅い層は、インスタで泳がしつつ、関係が深くなればLINEに移行する、という暗黙のシステムが存在するということも。インスタが誰でも入れる大衆居酒屋だとすれば、LINEは一見さんお断りの京都の老舗料亭みたいなものらしい。いつの間にLINEはそんなに格式が高くなってしまったのか。

世の人々は、人との関係性を細かくセグメント化しているのか・・・ミニマムかつオーソドックスな人間関係しか持たない私にとって驚きであった。

話を戻そう。

結局、あれはなんだったのか・・・こうしたトリッキーな人に会うと、理解に苦しむ自分がいる。赤の他人とニケツしようという発想。自分では絶対に考えつかない。これはクリエイティブなのか?それとも狂人の発想なのか。いや紙一重なのだ。

自分の想像が及ばない行動をする人間に会うと、人間というものが愛おしくなる。視野が少しだけ広くなる。特に海外ではこうした人間との遭遇率が高い。国も文化も教育も異なれば、そんな発想もあるのか!といつも驚かされる。そんな人間たちに会いたくて、私はいまだに海外にとどまっているのだろう。