祭日と聞けば楽しいもののはずなのに、なぜか基本的に暗いユダヤ教の祭日。断食したり、贖罪したり、おまけに大概が家で家族と過ごすというものばかりだ。しかしその中でもプリムというのは数少ない楽しい祭りであり、私が一番好きな祭日でもある。
この祭りの起源は、ユダヤ人妃がユダヤ人絶滅をたくらんでいた古代ペルシャ王の陰謀を見事に破るという話にある。というわけで、ユダヤ人絶滅という危機から救われたという喜びをかみしめる日なのである。
この祭りの由来にともなって、普段は厳格な生活をしている正統派もこの日ばかりは、ぐでんぐでんになるまでワインを飲み喜びを分かちあうという。
またもう一つ特徴的なのはこの日はハロウィーンのように仮装をすることが慣習になっている。
ユダヤ教の祭りであるから正統派達も当然祝うはずだ。いつも黒い服に身をまとっている彼らは一体どんな仮装をするのか、そしてどのようにこの日を祝うのかということに興味をひかれ、さっそく例の彼らのメッカ、メア・シェアリームへ行くことにした。
さて、メア・シェアリームに近づくにつれ、子どもたちの服装がきらびやかになっていくことに気付く。よく見ていると仮装をしているのは子ども達だけでやはり大人はしていないようだ。特に男性は祭日専用の衣装に身をつつみ歩いている。
一人一人の仮装を見ていると、よくもまあほぼ全員の子供が仮装しているのにみんなかぶらないものだと思うぐらいに、種類が豊富。
女の子の一番人気は今回の祭りの由来となったユダヤ人の危機を救ったというエステル姫を意識した白いドレスだ。なんとも可愛らしい。男の子は多様で警察、消防士からテーマがよく分からないものまである。ちなみに明らかにアラブの男性をまねたのだと分かるコスチュームを着た子もいた。
実は私も、あらかじめ仮装する楽しい祭りだと聞いてひそかに仮装の計画を立てていたのだ。
その衣装が、正統派ユダヤ人である。
といっても単に黒スーツに黒帽子をかぶりにせもののもみあげをつけるだけだ。彼らに成りすまして(しかも女性がである)、正統派メッカをあるくことで一体どんな反応が返ってくるのかを見る作戦である。
もちろん、女性が男装をするなどという彼らにとっては馴染みのないことに、軽蔑した目で見られるかもしれない、石を投げられるかもしれないということは予測しておいた。衣装もこだわりメア・シェアリーム地区で買うことにした。
正統派衣装を収集にあたって気付いたことがある。働いていない彼らが来ている衣装だから、安くスーツや帽子が手に入るだろうとみくびっていたら、どれも日本円で3~4万以上するではないか。しかも帽子に至っては2万円もするというので、手がでない。
一体帽子ごときで、というと石を投げられるかもしれないが、由緒正しい正統派専用の帽子なのだから分からくもないような。まあ毎日、というかほぼ一生、着るのだからそれぐらい奮発するのかもしれない。
ありえん価格じゃ!!と思い、仕方なく本物の帽子はあきらめ、家の近くの衣装店で約500円ほどで買ったよく似た帽子をかぶることにした。スーツはおじさんと交渉しセール中の店でなんとか5千円弱ほどで手に入れた。
さて、プリム当日。半ばドキドキしながら道を歩くわけだが、意外にも文句を言われると思いきや、皆面白がって一緒に写真を撮ってくれ(ただし女性に限る)という風に言わることが多かった。
そんなこんなで、メア・シェリームをしばらく歩いていると何やら人の出入りが多い場所がある。その人の流れについて行ってみると、辺り一面真っ黒けっけ映像が目に飛び込んできた。いるわいるわ、地面を覆い尽くすほどにいるシナゴーグに集まる子供から大人までの正統派達だ。
よく見ると男しかいない。入りたくてもやはり女なので、入ることは許されないだろう。この時ほど女に生まれてきたことを悔やんだことはない。しばらくそうした黒だかりを見ていると、20代ぐらいの若い女の人が近づいてきた。
「こっちについてきな」
というかのようなジェスチャーだ。
多くの正統派の人々はイスラエルの公用語である英語はともかく、ヘブライ語を話す人も多くはない。彼らの中でつかわれているのは、イディッシュ語だ。なので時々同じイスラエル人であっても、このように言葉が違うと話ができないということをしばしば聞く。
どうやら女性専用のシナゴーグの入り口に連れて行ってくれるらしい。彼女に黙ってついていき狭い道に入るとシナゴーグの裏手にある階段にたどり着いた。いるわいるわ、ベビーカーを持ったママさんや、仮装した子どもたちがいいた。
もちろんそんな子どもに、なんか変なアジア人がいると思われていたのだろう、冷ややかなる目線を浴びながら階段を上り、入り口までたどり着く。ここか、と恐る恐るドアを開けるとそこには驚く光景が広がっていた。
1メートルほどの長机に乗った女性たちが全員こちらに背をむけ、何かを熱心に覗き込んでいる。しかもいるのは女性と子もだけで女性専用部屋みたいな場所だ。一体みんな何をそんなに熱心に覗き込んでいるのか。見たくても、その隙間がない。しばらく女性たちの周りをうろついてようやく見つけた隙間に近くにいた子を押しのけるような感じで顔をのぞきこませると、そこにもまた驚きの光景が広がっていた。
これか!!
部屋にいる100人ほどの女性たちが向けるまなざしの先のものをようやく見ることができた。それはあふれんばかりの正統派男性達が、陽気な音楽に合わせて肩を組み、輪になって踊っているのだ。相当の数なので、所狭しにもみくちゃになって、しかも酒を飲んで相当酔っているらしく皆、千鳥足状態で踊っている。
いつもは、まじめななりをして道をせかせかあるく正統派達と今私が見ている陽気な彼らのギャップ。それはまさしくいつもは夏でもスーツに身を包み昼間は働き夜は居酒屋で陽気になる新橋サラリーマンのようだった。
ふと気づけば、女性は男性が楽しそうに踊っているのを2階から眺めているだけなのだ。女性は見ているだけなんて差別か!と思っているのは私だけらしく、周りにいる女性たちは男たちを観賞することを楽しんでいるようであった。
1時間ほど私もずっとその踊りを見ていたが、これが実にあきないのである。名残りおしくその場を後にした私は今まで見たことのない光景と、正統派達の秘密の社交場に遭遇したという興奮はしばらく覚めることがなかった。
何よりも、異教徒に対しては排他的というイメージがある彼らが、こんな異邦人が彼らの神聖なる場にもぐりこんでも何を言わず(単に無視していただけだろうが)、何よりもそこへ導いてくれた女性に感謝だ。変な話かもしれないが、その楽しいプリム祭りが、一層ユダヤ人正統派という彼らへの興味を沸かせる一因となった。