仕事をして、趣味をして、時刻は気づけば深夜の12時。
いつもならおねんねの時間だが、今日はクラブに行くと決めていた。テクノ補給である。気づけばテクノクラブに行きすぎて、体がテクノを求めてしまうようになっちまったらしい。
着くのは1時過ぎになりそうだが、ちょうどいい。なぜならベルリンのクラブは1~2時がピークタイムだからである。
深夜の人気のない電車に乗り込む。乗客は数人しかいない。電車のドア閉まるかと思いきや、慌てて乗り込んできた乗客がいた。
「えっ、何してんの?こんな時間に?」
イスラエルの友人だった。こんもりとした登山バックを背負って、登山に行くような出立ち。彼とは15年以上前にイスラエルで会った仲である。
それにしても、辺鄙な時間帯に友人にばったりと遭遇してしまうとは、人口400万人弱とはいえベルリンも狭い町である。
「これからポーランドのクラクフに行くんだよ〜。その後、ウクライナに登山しに行くんだ」
このご時世に呑気すぎやしないか
というかポーランドにだって登る山はあるだろ
「ハイキング仲間がどうしても行きたいっていうからさ〜。俺っちはロシア生まれなんだけど、ウクライナに入れるか心配で」
などとどうでもいい話をしているうちに、ベルリン中央駅についてしまった。ここから彼はクラクフへ。私はクラブへ。
テクノ補給を終えた後、もう空はすっかり明るくなっていた。夏の期間は日が出ている時間が長い。4時前だというのに、すでに空は明るんでいた。
いつもなら電車で帰宅(ベルリンではトラムやバスの場合は24時間運行)するところだが、疲れたので久しぶりにタクシーを使うことにした。
朝4時前だというのに、運ちゃんは快活。個人的には全くドイツ語が話せないと思っているが、タクシーの運ちゃんだけとは、なぜかドイツ語の会話が成立するという不思議。
「1年半もいて、そんなにドイツ語話せるんだ〜。中には10年いても全然話さない人もいるよ」
路上では私のドイツ語は全く相手にしてもらえず、英語に即切り替えられるという悲惨な状況だが、タクシーの中だけは慈愛に満ち溢れている。
などと思っていると、出身地の話に。何気なく、運ちゃんにどこ出身と尋ねると、
「パレスチナ」
なぜだろう。青春を過ごした中東の血が騒ぐ。パレスチナだとかイスラエルというワードを聞いて、こんなに興奮する人間などいるのだろうか。
思わず拙いアラビア語を引っ張り出し、会話してみる。最終的にはドイツ語とアラビア語がまじった、
「Berlin ist richtig مجنون (ベルリンはマジでクレイジーだ)」
などと2人で盛り上がる。ついでにイスラエルについてどう思っているか聞くと、
「タクシーのお客さんでイスラエル人が乗る時もある。そりゃあ、お客さんだから表面上はいつも通り接するよ。でも心の中ではいつも憎いと思っている」
そう。ベルリンという町は、図らずもイスラエル人とアラブ人たちが意図せず出会うシステムになっている。クラブでもイスラエル人とアラブ人を見かけた。
特に2023年の戦争以降、ドイツ国籍を取得するイスラエル人は増えている。一方でシリア内戦以来、多くのアラブ人たちもドイツにやってきている。
語学学校で出会ったパレスチナ人も「大学院のクラスでさあ、イスラエル人がいて、正直気まずいよ・・・」などと言っていた。
中東に行かなければ、こうした人たちに会えないと思っていたけれども、もはやベルリンにはこうしたリトル中東が出来上がっていたのである。
その日気分が良かったのは、テクノクラブに行ったせいではない。英語、ドイツ語、ヘブライ語、アラビア語という異なる言語を話し(英語以外の戦闘能力はほぼ0に近いが)、異なる世界に触れることができたからだ。さらに言えば、ヘブライ語とアラビア語という自分の青春言語を話せたことが、この上なく自分を上機嫌にさせた。
私はなんとく、新しい場所に行くとか、友達に会った日が、自分にとってのご機嫌な日なのだと思っていた。けれども、違った。私をご機嫌にさせるのは、やっぱり中東なのだ。
