日本人が海外で感じる「怒り」と対処法

いつもは温厚な自分だと思ってきたけど、ここドバイにきて何度怒りで爆発したことか。怒るのは本当に疲れる。通常の意思決定もできないし、体力も使う。すべてにフィルターがかかりネガティブにしか見れなくなる。なげやりにもなる。しかも怒りで、傍若無人な態度をした後の敗戦処理は、再生不可能な場合すらある。

というわけで、なぜ自分が怒りを感じるのかを分析。おそらくこの怒りというのは、期待と現実のギャップからきているんじゃないかと。普通だったらこうなるだろう、と思っていたことが全く予想外の方向へ行く。すると相手に対して、そのギャップの分の怒りがわく。普通だったらこうだろう、とかこうするはずだろう、なんでこんなこともできないんだ、といった期待へのギャップが怒りに変わるのだ。

一番トラブったのはタクシー。タクシー運ちゃんなら場所を知っていることが普通だ、という頭だったので、「この場所しらない」とか「結局目的地につかず違う場所にきちゃったwてへぺろ」なんていうのは、それでもお前タクシー運転手か!と説教してやりたくなるほど、当初はイライラすることが日常茶飯事。


でもよく考えてみれば、ドバイのほとんどのタクシーはカーナビがない、新しい道路や場所がバンバン建設されている(Googleマップですら反映していない)、住所がないという事実を考えてみれば普通なのだ。だからこそ、前のめりになって、「あっちだこっちだ」と道を指示したり、「目的地はここだ!」と何回も繰り返し言わなければならないのだ。そうして初めてタクシーに乗れるようになる。もしくは戦いを諦めて楽に生きる道を選ぶなら、Uberなどの別のサービスを利用してみたり。

おそらく私の生真面目な人間性のせいかもしれないが、特に日本というすべてがスムーズに効率的なシステムで動いている社会からやってくると、世界は効率的でない部分の方が多いのでこうした怒りを感じることが多いのではないか。もちろんその国の文化や言語を理解していない、という点もあるだろうが。

もう一つ最近読んだ記事、【カルチャーショック】日本人スタッフがアメリカの職場で感じた10の企業文化の違い、の中で特に「できる」の定義が特に興味深かった。

【カルチャーショック】日本人スタッフがアメリカの職場で感じた10の企業文化の違い___freshtrax___btrax_スタッフブログ
freshtrax【カルチャーショック】日本人スタッフがアメリカの職場で感じた10の企業文化の違い、より参照

まさにこれやん。どうにもドバイの人間(特にインド人)は「知ってるぜ!」と言っておきながら「本当は知らないじゃん!」っていうオチが多い。タクシー運ちゃんでこのパターンにあったら最悪だと思っていたが、この記事を読んだら、ああ彼らにとってはなんとなくわかる、行けばどうにかなる、というレベルで「知ってるぜ!」というんだなあと。確かに日本では、100%知ってないと「知っている」と言わないので、コミュニケーションがかみ合わなくなるのである。

仕事上でも、この「できる」定義はぜひ活用した方がよいなと思う。日本の会社で言われていたのは、ほぼ確証を得られていないものに対しては、「できます」というなと。「できる」といった後に、できないのは本当に信頼の損失に関わるので、こうしたリスク管理を徹底的にたたきこまれた。

一方海外の奴らは、たぶんできるぜ、という感覚で「できる」と言っているので、それに対して日本の感覚で「できる」を使用すると、負けてしまう。全部「できる」といえるぐらい、ガンガン自分をアピールしないと出世できないんだなあと思う。こういうところでは損をしたくない。

ということで私が初期にすべきだったのは、日本とその国で生きてきた自分は異例として、すべてのものを自分もしくは日本スタンダードで測るやり方を捨てることだった(これ意識してもなかなかできない・・・)。と同時にその社会のシステムを観察し、そういうシステムなんだと1つずつ学んでいく。そう小学生の社会勉強である。それがうまくなるとムーディー勝山のような「右から左へ受け流す」という仏レベルに達することができるんだろうな・・・と思いつつも、まだそのレベルに達するには時間がかかりそうだ。