なぜ日本人は長生きすることを前提で生きられるのか?

日本には年金、保険、貯金、持ち家、退職金など将来も安心して暮らせるための制度がある。しかし私にとっては「将来のため」と称して、将来に不安を抱える人から金を巻き取る商法にしか見えない。ここでは「将来商法」とでも言っておこうか。

昔から父親の仕事の都合で転勤が多く、賃貸の家を転々としてきた私にとっては、毎年ローンで苦しまなきゃいけないのに持ち家を買うという発想が理解しがたい。


退職金だって、転職前提で就活なんかしたもんだから別にもらえなくて当たり前。というか年金や退職金がある制度の国のほうが大半なんじゃないか。それでもみんな楽しそうに暮らしている。退職金のために長年1つの会社に勤めるというのも、「変化」なくして生きれない私にとってはまあ懲役40年みたいなもんである。1つの会社に定年まで勤め上げようとする父に養ってもらった手前、このようなことをいうのは非常に忍び難いが、とりあえずは時代と個人の考え方、という理由にしておこう。

長寿で表彰されるお年寄りがいたり、日本人の平均寿命は80歳以上だぜ!(Googleによると正確には83歳)といった報道などの中にいると、なんの疑問ももたなく「ああ、自分って80年もいきちゃうのかな」と思っちゃうから不思議た。病気になっても、無料で救急車に乗せて病院につれていかれとりあえず治療してもらえる、というなんとも嬉しいサービスのためか、どうやら病気になってもなかなか死ねない、というのが実情らしい。

いやでも待てよ。無根拠になぜ多くの日本人は、自分はそんなに長生きできると思うんだろう。そして根拠もない何十年後の未来に対して、今必死になって稼いだ金を投じることができるのだろう。すごい確証のないものによく投資できるなあと思う。しかし一方で、若い頃に働いた金を年金やら保険につぎ込んでおいて、本当によかったなあ、と思っているお年寄りはいるのだろうか。

海外にやってきて、そんな80年も生きている自分が幻想のように見えてくる。しかも今や何が起こってもおかしくない世の中なのだ。そんな世界に生きていると、80年後の自分よりも今の自分のほうが大事だ、という思考に転換してくる。独り身で気まま、という理由もあるだろうが。

そうした思考になると、何が将来起こるからわからないから、やれることやりたいことはとりあえず今のうちにやっておこうという発想になる。そのうち、いずれ、といったもったいないことはできない。というかそのうち、いずれも絶対こないと思っているからである。

というわけで海外移住をすると、より「将来も今」「やれることはとりあえずやっておけ」といった前のめりの姿勢になることがわかりやした。