海外生活を始めて精神が崩壊寸前までに至った結果

ある程度海外生活に馴染んでくると、やってくるこの病気。かつてのイスラエル留学の時にも味わった砂利を舐めるようなあの不快な感覚が再び蘇る。


違いを対話やさらなるコミュニケーションでうめようとする努力を怠り、相手をさげずむことしかできなくなる。その結果まともなコミュニケーションは断絶され、そのことがまた自分の中に嫌悪感を抱かせる要因になっている。「あ・うん」の世界からやってきた人間にとっては、毎回毎回口に出して1でわかることを10まで全部説明しなきゃいけない、ってところにちょっと疲れたよう。


気づけば自分は海外にいてもなお、日本流のオーガナイズされたやり方の方が、効率的なのだと信じそれを推し進めようとしている。ある程度は海外の”なあなあ”な感じに馴染もうと努力したんだけど、真面目な日本人からも真面目といわれるぐらいの、真性まじめくんは真面目に仕事を進めたがるんですね。事実、それでのし上がってきたもんだから。

それは、このままではしっかりとキャリアが詰めないのではという焦りからなのかもしれない。それと同時にある時向こう側に寛容であろうとしていた糸がプッツンと切れて、寛容に努めることするのに疲れたのだろう。仏の顔も3度まで。いや80度ぐらいがんばったけどね。

一旦その嫌悪思考が始まるとすべての世の中が気に食わなくなる。思い通りにいかない人やシステムをばかだとののしり、時にはやつあたりのごとく激昂する。郵便局のにいちゃんに「なんで怒ってんだよ」と冷静に対応され、我に戻る。

ドバイにやってきた当初、携帯屋で激おこぷんぷんでわめきちらすイギリス人のおばさんを見て、ああはなりたくない、と思っていたが、まさに今自分が激おこぷんぷんな人間になっている。と同時にあのイギリス人のおばさんの気持ちもわからなくはない。なんでもスムーズで整った母国からやってきたのだから、ドバイで起こるシステム不備な部分にイラついていたのだろうなというのが、容易に想像できる。

といったにっちもさっちもいかない負のスパイラルに陥った時、もう一度問い直してみる。なぜ自分はここにいるのか。嫌ならさっさと日本に戻ればいい。その時はあんだけ「日本を出るぜ!」と豪語しておきながら、自分はすぐに舞い戻ってくるチキンなのだと認めるという前提で。

そこでようやく答えが見つかる。

危険というレッテルでシャットダウンされている中東への意識を変えたい。誰よりも中東のおもしろい部分を見つけて、中東王になるんだと。

もう一度ここにきた目的を再認識することで、前に進もうという気力が湧いてきた。今までは「いつまでドバイにいるの?」と聞かれて、「わからないけど、いれるだけいる」と答えていたが、今なら「ミッションを達成次第、また別の国に行く。そして1年以内にそのミッションを果たすことが目標」と答えるだろう。

単身でドバイにやってきて、なんとなく宙ぶらりんになっていた先のこともこれでようやく固めることができた。ゴールが見えれば、今やるべきことが自ずと見えてくる。そしてそれに向かって突っ走るのみ。

早く修行を終えて、次の国へ向かうぞ!