グーグル、IBM、ナイキを蹴っても海外就職にしがみつくべきなのか

日本にいる時からヘッドハンティング会社からは、頻繁に転職の案件紹介がよく来ていた。転職市場も波があるようで、くる時にはくるし、来ない時にはこない。しかしここドバイに来てその第1波がやってきた。

グーグルを始めAudi、ラッシュジャパン、 YOOXなどそれはそれはとても魅力的な案件のご紹介メールが届いたのだ。そして極め付けは、IBMやナイキなどからも人事担当から直々にメールがくるという、キャリアアップのチャンスにはもってこいの波が到来したのである。


しかし今いるのはドバイ。いくらでも日本に帰国してチャンスに挑戦することはできる。正直にいうと、日本にいた方がやはりキャリアアップのチャンスはたくさんあるなあと改めて思う。

事実ドバイにきてから、マーケットの熟成度、同僚たちのキャリアへの士気などを見ているとどうもこの先日本と同様、それ以上のキャリアを積むのは難しいのではないかと思うことが多々ある。

ドバイにおいてもそれなりのグローバル企業で働くことはできるだろう。ただアラビア語もコネもなくしては、それが日本よりも難しくなることは容易に想像できる。

そんながんばれば上に行けるチャンスが溢れている日本を出て、多少キャリアのダウングレードしたとしても、それでも海外で働きたいという気持ちがあったからこそ今ここにいる。

しかしこうしたメールを見るたびに、キャリア以外で自分はなぜここにいるのか。ここで何を達成しようとしているのか、を問わざる得ない。キャリアアップが第一目的ならばここにいる意味はない。むしろ日本にいた方がいい。

それでも中東にしがみつく理由。正直なところ「海外就職」という1つの目標を超えてから、それからどうするという目標があまり見えていない。アラビア語をマスターして次のアラブ諸国にいくのか、といったいまいちしまりのない目標も立ててみるものの、心のそこからやってみたい、というしっくりくるものが今はない。

中東にしがみつく理由。なんとなくぼやっとしたものはあるけど、昔みたいに確固とした「イスラエル、パレスチナで起こっていることを自分の目で確かめたい」「イスラエルに留学したい」「中東でデジタルマーケティング職で働きたい」という他人に宣言できるものはない。

ただ1つ言えるのは、確かにキャリアップというチャンスは減るかもしれないけど、自分は人生において仕事以外になにか成し遂げたいものがあるから、日本を出たのだと思う。チャンスに挑戦しない自分に対しての言い訳は、「単なるグーグルの人、IBMの人になりたくない」からだ。

イスラエル留学時代に知った「あなたはなにができる人間なのか」、という所属ではなく個人の能力、経験、考え方をより重視する海外の考え方。所属を重視する日本では、所属がその人の価値につながる傾向が強い。つまりすごい企業にいけば、必然的にすごい人になれる、という不思議な図式が日本には存在する。

もちろん会社のバリューネームは海外でも強い。正直に言えば、WPPという世界No.1の広告代理店というバリューネームはドバイでもかなり活きることが多いし、多少は海外就職の面接でも評価を受けることがある。でもそれだけでいいのか?

死ぬ直前になって「あんな大企業に勤めた自分がすごかった」と思って死ぬだろうか。おそらくその時に残るのは、仕事以外で残した功績や絆なのだと思う。

もちろん発明家や会社の創業者はその業績が讃えられるのだろう。ただ私のような雇われるだけの能力しかない平社員にとっては、おそらくそこまでのものはのこせない。だからこそ強烈に、仕事以外で何者かになろうとする。そのきっかけが自分にとっては中東なのだと思う。