はじめてのお見合い 前編

イスラム教に改宗して、1ヶ月目のこと。ピカピカの新入社員が意気込んで朝早く会社へ行くように、イスラム教徒の新入生である私もまた、早朝の祈りのためモスクを訪れていた。新しく何かを始めた人間が、最初の内だけやるアレである。

早朝の祈りは大体朝の5時過ぎに始まるため、女子セクションにはほとんど人はいない。ま、こんな朝早くに起きて、祈るなんてやつはいないだろう・・・と思いつつ、下の男子セクション(モスクは1階が男子セクション、2階が女子セクションで分かれている)を見るとなんと50人ぐらいの野郎がすでに集まっているではないか。


「どんだけー」

人がいないことをいいことに、私はその場でよろめき膝をついた。これがまさしく「どんだけー」の正しい用法だと一人納得。日本では、老人と仕事終わりの歌舞伎町のホストぐらいしか活動していないような時間だというのに、イスラム教の国にはこんなに早起き人間がいるらしい。

祈りタイムが始まり一人の女性が入ってきた。眠いのでそそくさと帰ろうと思ったが、女性に呼び止められる。女性は50代ほどで図体はかなりでかい。おっきなおばちゃんといったところだ。

「あらー新人さん?朝から偉いわねえ」
「へへ」
「あなたアゼルバイジャン*の方?」
(*中央アジアの人間と日本人はよく似ている。最近は中国人よりもキルギス人やカザフ人に間違えられる)
「いいえ。極東にある日本という国からやってきました」
「まっ!日本ですって!?あーた、結婚してるの?バツイチ?」
「バツイチでも既婚者でもありません」

私はドキッとした。これはアレじゃないかと。アレというのは、自分の息子の花嫁候補探しだ。アラブ社会では友人や家族が良さげな人を連れてくる→お見合い→結婚というパターンが一般的だと聞いていたので、まさにこの瞬間、アラブのシステムに自分が組み込まれたのだと悟った。

おばちゃんはドバイで働く息子に会うため、エジプトのアレクサンドリアからやってきたという。以下、おばちゃんを「アレクおばちゃん」とする。

まさか自分が見合い相手の候補になんてなるわけがない・・・と思いつつ、アレクおばちゃんと携帯の番号を交換し別れた。

数日後、アレクおばちゃんから電話がかかってくる。恐る恐る電話に出てみる。

「今日時間ある〜?ちょっとお話でもしましょか」

キタ!やっぱりお見合いなのか?正式な見合い候補になるための根掘り葉掘り聞かれる面接なのかしらん、などと考えをめぐらせながらも、とりあえず日没後の祈りの後で落ち合う約束をする。もしかしたら単にアゼルバイジャン顏の日本人と話したいだけなのかもしれない。

モスクで落ち合った後、「私のお気に入りの店があるのよ〜」と言いながら、アレクおばちゃんが連れてきてくれたのは、エジプト料理屋だった。

その先に見合いがあるという確証があったわけでもないが、すでに「花嫁候補」としてのテストが始まっているのかもしれないと思った私は、アレクばあちゃんが未来の「お義母様」になるのかもしれないというシナリオのもと、印象良く振舞わねばという謎のプレッシャーにかられていた。

席に着くと、「エジプトのアイス食べましょ」といって注文をする未来のお義母様。さて、面談が始まるかと思いきや、アレクおばちゃんは思いっきり電話で話し始めた。

アイスが来ても、とにかく話している・・・
やることが目の前のアイスを食べることぐらいしかなかったので、お義母様が話している間、あまり美味しくないエジプトアイスを少々えずきながら無理して平らげた。

「ごめんなさいねー、アレクサンドリアに私の母親がいるんだけども、私が留守の間は別の息子に面倒を見てもらってるのよ。母親は病気がちだから薬が必須なんだけど、息子が『どの薬をあげたらいいか分からない』って言うから説明してたの」

そのわりには話し長くね?と思ったが、何事においても家族優先のアラブ人だ。私は微笑みで返した。

おしとやかと見えた未来のお義母様だったが突然、

「ちょっと何なのこの店!エジプト料理屋だっていうのに、エジプトの曲が流れてないの!?エジプトの曲をかけなさいよ」

店のBGM選曲に文句をつけ始めたかと思いきや、その辺にいた店員に曲を変えろとイチャもんをつけはじめる。

さて、ようやく質問タイムが始まるかと思いきや、アレクばあちゃんはしきりに自分の話をしだす。自分の両親、自分の息子の話など。1人目の息子はロシア人と結婚してカナダに住んでいる医者であり、その息子の子どもが最近生まれて、これまた可愛いんだと言って、金髪ハーフの子どもの写真を見せてくる。

ハーフの力ってやっぱりすごいんだなと感心していると、次はドバイに住んでいる息子の話になる。年齢は公開しないが、学歴があり(修士までとっている)、今はエンジニアとして忙しく働いているという。肝心の「顔写真」がないので、ひたすら顔の見えない他人の息子の話を聞かされるだけだ。そこに、ときめきや期待などは一切生まれない。


息子3人を授かったものの、娘がどうしても欲しかったアレクおばちゃん。娘の代わりといって人形のキーホルダーを所持している。


数日後、同じ人形をほぼ100円ショップの店で発見。

なあんだ。結婚もお見合いの話もまったく出てこない。お見合い相手候補だなんて、単なる杞憂だったんだな・・・とアレクおばちゃんと別れた後、再び電話が鳴った。

「今週の金曜日、私の息子と会ってみない?」

キター。もう絶対アレだって。OMIAI!だ。どうやら見合い候補のテストに受かってしまったらしい。

しかもお義母様つきのお見合い。一体どうなることやら・・・・