イスラム女子としての服装どうする?信仰と世俗社会の狭間で。

めでたく改宗儀式を済ませイスラム教徒になったわけだが、ここからがムスリムとしての始まりである。

イスラム教徒の女性は髪の毛を覆うヒジャーブの着用や肌が露出しない格好が求められるわけだが、手元に手頃なヒジャーブがなく、手持ちの服もひざ下が見えるワンピースばかりなのでやや途方にくれる。


正確に言えばあるのはあるのだが、どれもソマリアやイランで買ったコスプレもどきのイスラム女子アイテムばかりである。

世俗と宗教が交差する近代都市ドバイで、欧米人が半数近くを占める会社で勤める人間としては、突如としてコスプレもどきのイスラム女子の格好で出勤するわけにはいかない。

5年以上続けたワンピース生活から一転、パンツスタイルへ

人の目を気にしすぎかと思われるかもしれないが、部下もいる身なので、コテコテなイスラーム女子コスプレ衣装で登場し、部下が精神的なショックを受けるのを避けるためにも信仰を前面に押し出すのではなく、ここはマイルドに周りを攻略してくこととする。

改宗して数日はいつもと同じ格好でやり過ごしていたものの、どうも髪の毛を丸出しにしていることに違和感がある。頭がスースーして気になってしょうがないのだ。どうやらイスラム女子としての自覚が芽生えつつあるらしい。

そこで週末を利用し、ヒジャーブ&肌の露出を抑えた洋服の買い出しに行くことにした。まるで気分は中学校の入学式を迎える新入生である。中学生になるのに必要な制服やアイテムを買い揃えるのと同様に、イスラム女子になるのにもいろいろと買い揃えなくてはならないものがあるのである。

ふたを開けてみればほぼクローゼットの服を前面取り替えることとなった。クローゼットを占領していたワンピースをすべて棚の奥深くにしまい、代わりにクローゼットを占領したのは膝まであるカーディガンやパンツである。まるで他人のクローゼットなんじゃないかと見間違えるほど、クローゼットの中身の変貌ぶりに驚く。

ほぼ一年中同じ格好で過ごせる気候のドバイでは、衣替えが存在しないため、数年ぶりにこの不思議な衣替えを経験することになった。一方で5年以上ワンピースのみで生活してきた人間にとって、パンツスタイルはなれないスタイルだ。

ちなみにワンピースのみで生活していたのは、パンツスタイルだと上下の組み合わせを着る前にいちいち考えなければいけないし、組み合わせを考えて服を購入しなければならないからだ。そうした時間の無駄を省き、瑣末なことへの思考を最小限にするため、ワンピースに固執していたのである。

イスラム女子としての服装戦略

イスラム女子になったとはいえ、服装選定にはやや慎重になっていた。ドバイにおいてイスラム女子といえばだいたい全身を覆う黒いワンピースのようなアバヤを着るのが一般的なスタイルである。


ドバイで見かける一般的なイスラム女子のスタイル

しかし諸手をあげて、湾岸諸国のイスラム女子のようにヒジャーブ、アバヤを装着するのには抵抗がある。なんといったってコスプレ感がハンパないからだ。

実際にソマリアやイランをあの格好で旅してきた自分にとっては、もはや非日常の服装、コスプレなのである。コスプレとして数時間、1日だけ着るならまだしも、長時間、長期にわたって精神的に耐えうる格好だとは、この初期のステージにおいては言い難い。

そして個人的にいえば、ファッションとしてはダサいのである。黒一色で全身を覆いつくす格好の方が、イスラームとしては好ましいようで、男性の目をひかないという点での究極形として筋は通っている。

古くからの宗教である。ファッションの観点からいえば、まるで格好も昔のまま時が止まっているような、シンプルかつ代わり映えしないオールドスタイルの伝統衣装なのである。

しかし現代かつ、近未来的都市ドバイで働く人間としては少々そこに抗いたい。もちろん新人ムスリムなので未熟さゆえから、まだ世俗の名残があるのかもしれないが。

信仰と世俗社会での生活を両立させるには?

そこで考えついたのが、典型的なイスラム女子にみせず、イスラームを実践するスタイルである。両者は逆行しているようだが、信仰と世俗社会で生きることを両立させるためには必要なのである。

まずは、アラブ&イスラム女子界きってのファッションリーダー的存在、アラブ王族のファッションを土台にする。


今年で58歳を迎えるという驚異の美貌と高いファッションセンスを誇るカタール前首長の夫人、モウザ


サウジのディーナ妃。ファッション誌、アラビア版「ヴォーグ」の初代編集長をつとめ、もはやイスラム女子界のファッションリーダーといっても過言ではないだろう。イスラーム感にはやや欠けているが、取り入れられる要素はある。

さらにそこに日常性と機能性を加えるために、カジュアルなイスラム女子スタイルを加える。

そして、ドバイで生活するうちにそのファッションセンスの高さゆえ、密かに尊敬し始めたアフリカ人のハイセンスなヒジャーブ巻き(当人たちは信仰心ではなく、おしゃれでやっているつもりだが)と通勤時によく見かける欧米人のイカしたスカーフ巻きをインスピレーションとして取り入れる。


写真はファッションモデルだが、こんな感じのファッションをしているドバイ市民を見かける

特に難しかったのはヒジャーブの巻き方である。ヒジャーブといっても、その正体は単なるスカーフという布である。これだけイスラム女子が身近におり、何度かヒジャーブを身につける機会があったとはいえ、どれもその場限りで思いつくままに布を頭に巻きつけていたレベルなので、先輩イスラム女子から見えればなんともだらしない身につけ方だったと思う。

ムスリムになった今ようやくヒジャーブの巻き方を学ぶ時が来たのである。YouTubeで探してみると出てくるわ出てくるわ。典型的な巻き方からこんなにもおしゃれでいいのか!と思うものまで、ヒジャーブの巻き方一つとってもイスラム女子たちが工夫を凝らしていることに気づかされる。

布一つでこんなにおしゃれになるとは。まるで様々な場面で使える風呂敷のようである。

そうしたファッション戦略が功を奏したのか、職場ではイスラム女子ではなく、単なる新しいファッションをしているという観点でとらえる人も多かった。

うまく世俗社会に馴染んでいる格好には見えるが、一方でモスクなんかに行くと世俗社会では保守的に見える格好でも逆にチャラすぎて浮いてしまうのが難点なのである。

なにせ周りがみな真っ黒のアバヤ、ヒジャーブを装着しているのだから。ベテランムスリムおばさんの目がやや痛く、神聖な場でもあるので、モスクでの礼拝時に限っては黒のアバヤを装着することにしている。それでもまだアバヤは体に馴染みのないものであり、コスプレ感が漂ってしまうのだが。

ムスリムになったとはいえ、やはりいきなりアバヤとヒジャーブを装着しつづけるのはやはりまだハードルが高い。そして以前の生活スタイルもある。そんな中で悩みながらも信仰と世俗社会で生きる現代人としての両立を考えた末に、このような形に至ったのである。