進め!電波少年がドバイでロケ!?その内容とは?

このブログのタイトルの由来ともなった番組、「進め!電波少年」。1992年から1998年まで放映されたバラエティ番組で、猿岩石のヒッチハイク企画を生み出したことでも有名だろう。


今のテレビにはない無茶振りな企画ばかりで、数をあげたらキリがないが、いくつかあげると

  • 渋谷のチーマーを更生させたい!
  • 海外の豪邸プールで泳ぎたい!
  • 青少年の性の乱れを正したい!
  • 森英恵にスタッフジャンパーを作ってもらいたい
  • アラファト議長と『てんとう虫のサンバ』とデェットしたい!

などなどこれらのほとんどのアポなしでやるわけである。今の規制が厳しい番組しかみていなかった世代にとっては、電波少年は衝撃である。こ、こんなことがテレビで許されていたのか・・・?アポなしで作家の村上龍の家を訪ねたり、文具メーカーのコクヨにアポなしで突撃し、経費削減がニュースで報じられた国連のためにえんぴつをつくってもらうなど。

極めつけは、先にもあげたパレスチナのアラファト議長へのアポなし訪問である。イスラエルパレスチナ問題の政治的な中心人物でもあった人間に、アポなしで会いにいき、てんとう虫のサンバを一緒に歌うというこの発想。

今であれば80%以上は放送禁止もしくは企画として通らないような内容なのだがそれを見事やってのけるあたりが、私が電波少年を伝説の番組と呼んでいる所以である。

実はこの伝説の番組でアラブ首長国連邦がとりあげられていたのだ。そこはさすが電波少年。やはりアラブ首長国連邦でも現代のテレビ番組が取り上げるような生ぬるい企画とは一線を画している。

ロケが行われたのは1995年。世界一高いビルも世界一巨大なモールもない、半ば砂漠状態の国である。下記は1995年と現在のドバイを比較した写真である。もちろん上が1995年のドバイである。

まだギンギラギンなドバイにすらなっていない時代に目をつけてロケにいくとは、番組のプロデューサーたちの感度の高さが伺える。「海外の豪邸のプールで泳ぎたい!」というのが本当の企画だったが、本編の動画は見つからず、今だから言える話スペシャルということで、ロケの裏話についてだった。

動画の画像とともに紹介するが、画質が悪いのは古い番組なのであしからず。

アポなしの企画なので、本当にアポなしでUAEの豪邸へ訪ねて「プールで泳がせてくれないか?」とタレントの松村邦洋が聞いている。しかもアラビア語で。そして断られる。

この冷たいあしらわれよう。現代のテレビが紹介する、友好的なアラブ人とは大違いである。

そしてなぜか砂漠を超えて別の豪邸を探すことに。しかし・・・

50度以上の砂漠のど真ん中で、車がエンスト。そして松村は残りプロデューサーたちは砂漠を歩いて、救援を求めることに。

50度近くの砂漠を歩くということをやってのけるプロデューサーたちの肝もすわりすぎている。電波少年のプロデューサーたちは常人ではない。

なんとか砂漠を抜け町にたどりついたプロデューサーたちが、車がエンストした場所に戻るものの松村たちは来た道を戻り自力で助かろうとしていたため、プロデューサーたちと会えず。

そこでなんとヘリを出して、砂漠の上空から松村を探すことに。

自身の存在に気づかないヘリに対して、必死に助けを求める松村。

この後おおよそ24時間ぶりに無事救出された松村は、この時のことを振り返り「死ぬんだ。もう生きて帰れないんだ」と死を覚悟した瞬間だったと語っている。そんな命がけのロケをアラブ首長国連邦でやってのけた電波少年という番組はすごい。

下記よりアラブ首長国連邦の映像がみれるが動画の13分後から始まる。歴史的にも貴重なアラファト議長へのアポなし訪問編も見所。