豊洲市場移転問題について考えていたらチャラ男に絡まれる

長らく「フィッシュマーケット」の名で知られていたゴールドスーク近くの市場がその歴史に幕を閉じた。60年ほど続いたマーケットではあるが、それを長い歴史と捉えるか、短いと捉えるかは人それぞれだろう。しかし、UAEが建国して50年も経っていないと考えると、UAEの建国以前から続いていたそのマーケットには長い歴史があると言えよう。

個人的にはドバイでは数少ない人情味のあるスポットだと思っていたのに、惜しげも無くその歴史ある場所が消え去ってしまったのは悲しいことこの上ない。



今は無きデイラのフィッシュマーケット

新たな市場は、元の市場があった場所から車で10分ほど離れたところにある、新天地へ人知れず移動していた。まわりにはなんの公共交通機関もなく、アクセスは不便である。

まさにこれはドバイの豊洲市場移転問題なのではないか?という築地市場とドバイの「フィッシュマーケット」がオーバーラップし、ならば未来の豊洲市場を見に行こうと、ドバイの新市場へやってきたわけである。のちに気づいたが、ドバイの地元メディアでも、ドバイの新市場がオープンしたという記事で築地市場の移転問題について短くはあるが言及していた。

ちなみにドバイの新市場の名前は、「ウォーターフロントマーケット」と移転に合わせて名前のオシャンティ度がアップしている。以前は「フィッシュマーケット」となんのひねりもなく適当につけたような名前だったが、今度ばかしは誰かが頭をちょいとひねりオシャンティな名前に仕上げたらしい。


海に面した静かなテラス

さてこの「ウォーターフロントマーケット」、かつての「フィッシュマーケット」とは違いかなりグレードアップしている。もはや市場と呼ぶよりも複合型施設と呼んだ方がふさわしいかもしれない。かつての屋外での市場感は失われ、完全に室内で運営されている。

夏には50度にものぼるドバイの厳しい夏の天候を考えれば、食品を新鮮に保つためにも売り子達にとっても、室内の涼しい空間で商売ができるのはよいことかもしれない。

しかし、あまりにも整然としすぎている。マーケットは、肉、魚、野菜&乾き物(デーツなど)といった3つのセクションに分かれているのだが、施設が大きすぎるためか、ほとんどのブースが空白になっており、まるで盛り上がらない地方のフリーマケットのような状態になっていた。


新規店舗の入店お待ちしております

一部の店舗に人が群がっているが、全体としては閑散としている。

唯一活気があったのは魚セクション。

そこそこにブースは埋まっているが、それでも空間の空白が目立つ。どうにも以前ほどの活気がない。そのため商売人達は暇なのかよく絡んでくる。ドバイでは珍しいぐらいの外国人観光客待遇を受けるのだ。「カムカム!」と歩いていると必ず客引きの声があちこちからかかる。あまりにもしつこいため「カムカム攻撃」と命名してやった。


ピチピチの魚はUAE、オマーン産がメイン

一方で写真をとっていると、商売そっちのけでアフリカの子どもたちばりにしゃしゃり出てきて「俺をとれ!」と出てくる野郎もいる。さらには、「電話番号を教えるからその番号に今とった写真を送ってくれ」というのである。

ふとみやると、彼らが持っているのはカメラ付きのスマートフォンではなく、電話やテキストメールだけが送れる簡素な感じの旧世代携帯だった。ソマリアのど田舎のばあちゃんが持っていたものと同じタイプのやつである。


彼らにとってはめったにない写真撮影の機会である

そいつらだけではなく、市場で働いている人間のほとんどがそのような携帯を持っていたので、ここはそういう場所なのだということを理解した。

同じドバイでも、もはや写真を取ってもらうことやアジア人を見ることなど、なんともないというドバイ中心部のすました人々と、無邪気に絡んでくるこうした市場で働く人々の間には大きな隔たりがある。まるで異空間を行き来しているように、たった30kmほどの範囲で人間がこうも違うとは・・・

再び歩き始めると、遠くからでもそのチャラっぷりがわかるチャラ男がいた。世界共通で、キャップを後ろ向きにかぶるやつはチャラいらしい。

商品のチビザメを手に、「ほら、みてみい。これで写真撮っていいぞ」とすすめてくるチャラ男。もはや商品ではなく、写真撮影の小道具と化してしまった哀れなチビザメ。

そして近くにいたチャラ男の友達、チャラ男2には「俺がセルフィーの撮り方を伝授してやる」といわれ、なぜかセルフィー講習@魚市場に参加するハメになった。

ちなみに購入した魚は、さばいてもらうことができる。番号順に受け取るようになっており、銀行の受付か!と思うほどぐらい整然として便利ではあるが・・・


さばいた魚はこちらで受け取れます

あまりにも無邪気な絡み攻めにあったため、「元の市場から移転してどうだったのか?」という彼らの市場移転に関する真意を聞くことははばかられた。それでも築地の人間ほどに、ドバイの市場で働く彼らにとっては、かつての市場に愛着がありそうな感じでもなさそうだ。

市場が何事もなくいつのまにか移転していた事実を鑑みても、「俺たちは移転に反対だ!ここに残りたい!」といった争う声すらも出なかったのだろう。みな、すんなりと「はい、移転ですか。移転しましょう」といった感じに飼いならされた犬のように従ったに違いない。

快適な市場で商売はでき、商品の鮮度も高く保てる。けれどもそれ以上に無残に奪われた、ドバイの数少ない歴史を感じることができ、人臭さにあふれた場所がなくなってしまうのは、どこか寂しい気もする。

ドバイの市場移転は、問題にすらならずにスムーズに迅速に決行された。けれども、築地市場について考えてみたとき、やはり豊洲市場に移転することによってなんらかの形で、失われるものがあるんじゃないかと。

それは、歴史や人情といったぼんやりとした言葉でしか表せないけれども、かつての活気を失い、整然としてしまったドバイの新市場を見て、築地市場が同じような道を辿らないことを祈るばかりである。