ドバイ就職へのイメージが逆転!ドバイ在住2年を経てようやく「仕事」を得る

転職初日から1週間が過ぎ、すでにはやくも多くのことに驚かされることになった。もちろん業界や会社の形態(代理店なのか事業会社なのか)といった違いによることもあるが、ドバイの労働環境をさんざん先進国出身者からすれば「都落ち」などといってなじり倒してきたことをドバイに深くお詫び申し上げたいと思う。それほどまでに、労働環境、そして一緒に働く同僚のレベルの違いに驚かされた1週間だった。


これが欧米というやつなのか!?社長自らがお出まし

面接でオフィスを訪れた時から感じていたが、とにかく欧米人が多い。まるでドバイにいながらイギリスで働いているのではないかという錯覚を覚えるほどに、イギリスを中心とする欧米の人間が多い。

欧米人という言い方は様々な国があるというのに暴力的に一括りにするという点であまり好きではないが、イギリス人、オランダ人、カナダ人、オーストラリア人などとそれぞれ列挙していてはきりがないので、利便性の点からしょうがなしに欧米人としておく。

江戸時代の人間がペリー襲来に震え上がったように、私も顔つきも体つきもまったく我々とは異なる欧米というものを恐れた。男女関係なく欧米人というのは一般的にでかい。あの生まれながらにしてもった絶対的な体型の優位性による圧力は一体なんなのだ。

そんな彼らの中で働いているともはや自分が小人になったような気がしてならない。きっとロンドンに留学していた夏目漱石も同じような思いをしたことだろう。「欧米人のでかさに圧倒されることこの上なし。我輩は小人のようである」と。

しかしそんな巨体により島国の小人リーマンを脅かしているとも知らず、彼らは一様にフレンドリーであった。イギリス人上司に従い、役員たちに挨拶をしてまわるが堅苦しい日本のそれとは違う。

会社のカフェで朝食をとっているある役員に声をかける。ハリウッド映画に出ていそうなひとクセあるような感じである。しかし次の瞬間つっこまずにはいられなかった。なんと朝食をとる役員の胸には、紙ナプキン。

レストランのディナーでもないのに、いい年こいた大人が会社のカフェテリアの朝食で紙ナプキン。まるで私は上流階級の人間なのだという無言のメッセージを紙ナプキンにたくしているようでもある。

本来であれば自分から挨拶に行かねばならないところをなぜか社長自らが私のデスクにやってくる。朝の奇襲攻撃にあっけにとられる。小人リーマンは、その役職と威圧感にびびりながら作り笑いを浮かべ、なんとか挨拶をすます。

これが欧米のやり方か!

どうやら私も有無を言わさない欧米崇拝者の一人のようである。わかっちゃあいるけども、やはり島国の人間にとっては反射神経のように欧米と見ると、畏怖せざるおえないのである。

 

ドバイは広かった

転職にあたって、日本に帰るなり、別の国にいくなりで一番懸念していたことは、退化してしまった仕事へのモチベーションなり効率的なやり方を元に戻すことができるのだろうか、という問題だった。

正直に言えば、この2年間での働き方というのは何もかもが整っている都市のビジネス街でスーツをまとい働くというよりも、ジャングルのような未開の場所で先住民族と仕事をやるようなものであった。そこにはP・Fドラッカーも先人たちが残してくれたビジネスの基本なども存在しない。

そんな状況に絶望の念を抱いただけではなく、精神さえ蝕まれそうになっていたのだが、埼玉県と同じ面積のドバイとはいえドバイも広かった。場所を変えれば・・・というやつだ。

長かった。ドバイで働いて2年という月日が経ちようやく仕事らしい「仕事」に巡り合えたのである。効率的なやり方、仕事の進め方を当然としてもっている人間たちがいる。

それはやっぱりジャングルから抜け出て、都市の人間の洗練さに驚かされる感覚に似ている。今までは、そんなのは押し付けになるのではないか、上から目線なのではないか、と自分の感覚を疑っていたが、そうではなかった。それでよかったのだ。

中東、欧米、アジアといった出身国に関わらず、知識の量がとにかく半端なく、そしてそれぞれの人間の専門性が高い。逆に自分の知識不足さえ感じるとともに、それが仕事へのいい刺激になる。これは日本で働いているとき以上のものを吸収できそうだぞ、という予感がハンパない。退化したかと思われた仕事の感覚も早急に戻りつつある。

キャリアアップの観点からいえば、やはり中東はだめなのか、イギリスやアメリカにいかないとダメなのか・・・とあきらめていた部分もあったが、ここにきてはじめて日本以上のキャリアを積めそうだという自信を持てることができたリーマンなのでした。